偽装結婚のはずが、天敵御曹司の身ごもり妻になりました
「じゃあ、もし私が親子丼を作ったら食べてくれる?」


「ああ、もちろん喜んで」


スプーンを動かしながら、当たり前のように返答されて胸の奥に温かな気持ちが込み上げる。

私の料理を食べてくれる、それだけでなぜこんなにも嬉しいんだろう。


「ただし無理に料理をする必要はないからな。仕事だってあるし、忙しいだろ」


「それは、そうだけど……」


「今日はたまたま早く帰宅できたが、いつもとは限らない。お前は自分の予定だけ考えていろ」


抑揚のない淡々とした声に、思った以上に打ちのめされる。


ああもう、なんでだろう。


近づいたと、心に踏み込めたと思った途端に、突き放される。

まるでここから先は踏み込むな、干渉するなと線引きされているかのようだ。

だけど、ここで引き下がりたくない。

私らしくこの人と対峙するって決めた以上、自分の居場所は自分で作らなくては。

なにより今日を逃したら、次はいつゆっくり話ができるかもわからないのだから。


「普段の食事はどうしてるの?」


「会食が多いし、真木がなにか見繕ってくれる場合が多いな。とらないときもある」


あまりに崩れた食生活に二の句が継げない。

睡眠時間もきっと短いだろうし、よくこれで身体を壊さないなと驚く。


「今日、冷蔵庫の中の食材を使わせてもらったのだけど……」


「構わない。引っ越しの際に適当に用意したものだ」


「櫂人さんが?」


「そんなに驚くことか? 簡単な料理ならできるぞ」


気分転換になるからな、と彼が付け加える。
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