マリオネット★クライシス
「うちの子もさぁ、ユウちゃんみたいに変身させてあげたいんだけどねえ」
3着目にトライしたわたしをチェックしながら、ふいにしみじみとした口ぶりで静さんが言った。その視線の先には本棚がある。
ざっと見ただけでも、トラベル雑誌のバックナンバーや世界各国のガイドブック……わかりやすいくらい、旅行関係の本ばかり。
「頭の中、ほんとに旅のことだけなんだよね」
さっき洋服選びの合間に聞かせてもらった話では、娘さんはおしゃれより恋愛より、旅行が大好きな人らしい。
ついに大学も中退してしまい、バイトでお金貯めては旅、を繰り返してるツワモノで、ジェイとも旅行中に出会ったのだとか。
「でも……それだけ大好きって言えるものがあるって、素敵じゃないですか。羨ましいです」
素直な気持ちからわたしが言うと、一瞬不思議そうな顔がこっちを見て、それから「素敵ぃ?」って笑い声が響いた。
「今なんか、中国横断一人旅中だよ? 限度があるよね」
「止めなかったんですか? 危ないかもって」
静さんは少し表情を改めて頷いた。
「もちろん、できることならツアー旅行くらいにしてくれたらよかったのに、とは思ったよ。毎回、思ってる」
それから、「けどね」と目を細める。
「あの子の人生はあの子のもので、あたしのじゃないでしょ? あの子にはあの子の意思があって、お人形じゃないから」
「……」
「母親だからって、嗜好とか生き方とか、何かを強制する権利はないって思うわけ。服の好みにしてもそうだけどさ。本人が納得して決めたことなら、それでいっかってね。まぁ放任主義すぎるって、別れた夫からは叱られるんだけどねー」
その清々しい笑顔を見た時……なんでかな。
一面のタンポポが、一斉に綿毛を青空へ向かって飛ばしたみたいな、そんなイメージが頭に浮かんで――……わたしは静かに息を飲んだ。