子作り政略婚のはずが、冷徹御曹司は蕩ける愛欲を注ぎ込む
 十五年も前の話を覚えていて、しかもうれしく思っていたなんて言ったから気持ち悪く思ったのだろうか。

 それとも媚びたように聞こえたか。

 彼にとっては当たり前のことでも、私には違っていた。

 自分を支え続けてくれた大切な思い出だったが、もう彼の前で口にしない方がいいかもしれない。

 部屋に足を向け、彼の優しさを表す絆創膏に視線を落とす。

 嫌っている相手であっても、怪我をしていたら手を差し伸べてくれるなんて。

「……やっぱり好きだな」

 ようやくありがとうを伝えられても、まだ言えずに残る想いがある。

 キッチンの方からは、保名さんが割れたグラスを片付ける音がしていた。
< 87 / 381 >

この作品をシェア

pagetop