私だけを愛してくれますか?

副社長は現社長の長男で、二年前、三十三歳の若さで副社長に就任した。

副社長になるまでは、様々な部署や他の百貨店への出向などを経験し、どこに行っても能力の高さを発揮したらしい。誰とでもフランクに接する人柄なので、社員みんなに人気がある…ただこれは、あくまでも噂。

でも、副社長に就任した時には、誰からも文句が出なかった。なので、あながち噂だけではないんだろう。

特に、女子社員からの人気は絶大だ、イケメンな上に、痺れるようなバリトンの御曹司。まあ、私は御曹司の類いが大嫌いなので全く興味がないけど。

興味がないどころか、会議ではこちらが提案した企画や運営方法に鋭く突っ込んでくるので、副社長が同席するとわかっただけで、胃が痛くなるほど苦手な相手だった。

初めて個人的に話をしたけど、確かに気取った御曹司ではなさそうだ。
取り引き先の息子のことを『阿保ボン』って。

正直、私は腸(はらわた)が煮えくり返るほど、『ことぶき』のボンに頭にきてたので、副社長にそう言ってもらえて、溜飲が下がる気持ちがしたのは確か。

それに、『阿保ボン』っていうのが、なかなか言い得て妙じゃない?
微笑みかけて、ハッとする。

あかん! 私も素に戻りかけた。コホンと咳をして、体勢を整える。

「仕事をしていると、しがらみも増えるものです。部長や袴田さんのせいではありません」

表情を引き締め、メガネをクイッと上げながら淡々と返事を返した。

「クソつまらん返事やな」

なんですって!
社会人として当たり前の返事ですけど。

ソファの背に頭をグリグリとこすり付け、つまらなさそうにぼやく副社長にムッとする。

ちょっといい人かも…と思ったけど即行取り消し。

「先ほどの質問に答えていただけますか?『いわくら』に行かれるつもりなんでしょうか?」

キっと見据えながら問いかけた。

「『いわくら』には伝手(つて)があるんや。俺が交渉に行ってくる」

「伝手とは、副社長の個人的なものですか?仕事にそのようなものを持ち込むのはお嫌いなのでは?」

さっき『おっさん連中』が、コネを使ってねじ込まれたことを猛烈に怒ってたくせに!

「『いわくら』に出店してもらいたいというのは、みんなの総意やろ。個人的な考えで依頼する訳じゃない。俺が交渉して引き受けてもらえる可能性が高くなるなら、伝手を利用したらいい」

そう言われて憮然とする。それってダブルスタンダードじゃないの?

押し黙って考えるが、確かに副社長の言うとおりなのだ。

今は『いわくら』に引き受けてもらうことが第一。

それに癪だけど、副社長が乗り出してくれることに安心感を感じた。


「わかりました。お手数をおかけして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

渋々ではあるが、全てを副社長に任せることとなった。

< 28 / 134 >

この作品をシェア

pagetop