バスストップ
自習スペースになっている机を陣取って、向かい合って座る。
斜め上の窓からたっぷりの自然光が俺たちの机を照らしていた。
初めての図書館でミーアキャットのように周りをキョロキョロしてるやつを落ち着かせるためになるべく静かに声をかけた。
「テストの問題用紙持ってきた?」
うんうん、とうなずいてクリアホルダーからペロンと数枚のプリントを取り出した。
問題用紙の端っこに丸っこい文字で名前が書いてある。

彩木明

「サ イ キ ミ ン」

俺が何を言ったのか全然わからなかったらしくしばらく考えた後「一文字も合ってない。」とクスクス笑っている。

「ミンって。メイってしってるくせに。」

ミンがツボに入ったらしい。
クスクス笑いながら「あやぎめいって読むの。レイタもフルネーム書いて。」とペンを渡された。
彼女の名前の横に自分の名前を書く。

俺が書いた千代玲太の文字を一文字ずつ指でなぞっていく。
その指先は細く、淡い桃色だ、

「センダイ……レイ、フト」

“フト”

なんだこのバカ。ウケる。
「イヒヒヒっ、フト。」
「レイフト」
と2人で声を潜めてしばらく笑ってしまった。

「ちよれいた、なんだけど。」
ひとしきり笑った後、本当の読み方を教えた。
すると「かわいい名前だね。」と褒められた。

自分は前から読みたかった本を読みつつ、時々テストの解き直しの進み具合を見る。
手が止まっていたらヒントを書いたり、単語のスペルを教えてやったりした。
ふと思うことがあり「ミン。」と呼びかける。

「わたしミンじゃないから。」とまた思い出して笑い始めた。

うつむいた時に落ちてこないように前髪をきゅっと後ろで留めているのを何度も見てしまう。

「俺ちょっと探したい本があるから、そのまま勉強してて。」
と伝えてその場を離れた。

あの女子校。緑川学園ってホント偏差値低いんだな。
と改めてテスト問題を見て思った。
内容が中学生。
あの問題で考え込んでペンが止まるなんて、それこそ意味がわからんくらい、イージーモード。

子供やその保護者たちが多くいるスペースに踏み込んだ。

勉強の他にもう一つあった目的。
鶴の恩返しを「日本史」だと抜かしやがったアイツに、日本が誇る名作を読ませてやらないと、気が済まない。
日本昔ばなしが並ぶ棚を順に見ていると、懐かしいタイトルを見つけたりしてついつい手に取ってしまう。

他の絵本に目移りしつつ、やはりまず最初は王道だろうと、鶴の恩返しと舌切りスズメの2冊をチョイスした。

戻ってみると、難しい顔をして答案用紙を睨みつけている。

「はい、ちょっと休憩したら?」

とは言ったものの、こいつ本当に俺がいない間にちょっとでも問題を進めてたか??
目の前であらためて見てみると、糸ミミズみたいなクネクネした落書きは増えているが、解答は増えていない、ように見える。

「ヤタァッ!」

休憩という単語に小さく歓喜し、大きく伸びをした。
ゆるいTシャツのそでがまくれあがり、ワキの辺りが露出するのを横目で見てしまった。
プリントをスッと奪って答え合わせを始めると、俺の思惑通り彼女は2冊の日本昔ばなしに関心を示し手を伸ばして表紙や裏表紙に顔を近づけたり、遠目に見たりしてあらためている。

その姿を見て、何かを彷彿した。
……警戒して相手の匂いをかいでいる犬かよ。

もともと子供向けの日本昔ばなしの絵本だし、長い話ではない。
警戒心を解いたのか一旦読み始めるとサクサクとページを進めているが、途中で何度もこちらを見るのが気になる。
そんなに俺の答え合わせが気になるのか?それとも絵本のなかに読めない漢字でもあるか?

とてもとても簡単な緑川学園2年の中間テストの答え合わせをしてやったが、心底呆れている。
妹よりバカじゃねーかコイツ。
妹は中学3年でちょうど受験勉強しているし、たまにその勉強をのぞきこんだりしているが。
高校2年のコイツの方がよっぽどバカだ。
問題の意図がわかっていないというか、考えた痕跡もないというか、とりあえず何か書き空欄を埋めて気休めしている答案。

絵本を読んでいるバカ面を半ば呆然と見つめていると、2冊とも読み終えて、こそこそ上目で俺の表情を伺った。
何の表情なんだ、それは。

「あの……この本をわたしによませたのは、鶴の恩返しみたいに今日の勉強のお礼をしろってこと?」

……はぁ〜〜〜???
なんっだその単細胞な考え方は。
日本昔ばなし読んで、感想がそれかよ。

「それはないな。」

考えたこともないわバーカ。

俺の返事を聞いて、はっと何かを気づいたように身を乗り出してきた。

「もしかして、今日勉強をがんばったから、帰りにでっかいつづらか小さいつづらか選ばせてくれるとか?だったら小さいやつにしまぁすっ!」

いや、だから、お前は一体日本昔ばなしから何を読み取ってんだ。

「なんでお前がお前の勉強がんばって、俺が褒美を用意しなきゃなんねんだよ。」

その返事を聞いて、がっかり顔。
いや、まじで、わからん。
がっかりされる理由がわからん。
「それより、この正解率ゼロパーセントの答案どうするんだ。」
と俺は話題を変えた。
「え、ゼロぉ?」
と素っ頓狂な声をあげ「そんなはずはない。」とのうのうとぬかした。
「どこからこの答えが出て来たのかもわかんねーし。お前これ、惜しいとかのレベルじゃねーぞ。」
「まじかぁー。仕方ねーな!」
と、机上をおもむろに片付けだしたので、俺は止まってしまった。

…え?
仕方ないで終わり?

口から「ど」という音が漏れてしまった。
「ど?」
と彼女が片付けの手を止めてくりかえす。
俺は神妙な顔をした。
「どこから教えればいいかわからないからさ……。」
「そだよね、やめよやめよ。」
と、また片付けようとしている。なんか、バカがなんでバカなのかわかってきた気がする。
「俺が解説しながら答え書いていってやるから、それ見てて。」
「えー、他人のテストまで模範解答書くとか変態じゃん。すげーなレイタ。」
いやいやもう、そこは“ありがとう”だろーが!

俺はもう話すのもめんどくさい気がして、大きくため息をつくとテストに向き合った。
なんでそもそも勉強なんか誘ったんだ俺は。
もう2度と誘わねーし、コイツとは絡まねー。
むしろ避ける。バカが伝染する。
勉強するのは嫌いじゃないから、自分の勉強だと思ってこのテストに答え書いてやったらそれが最後の晩餐だ。
2度と話さない。

ガタ、ガタン。

と真横で音がしてふと横を見ると、俺の真横に椅子を持ってきて、至近距離から俺の手元をのぞ……

近いーーー、近い近い近いっ。

息が指に当たるぞオイ。
しかも肩にちょっと体温感じるぞオイ。

オイオイオイ〜〜

「近くに来ないと手元見えない…」
とつぶやき俺に体を向けて寄ってくる。

手元をもっと見えにくくするともっともっと寄ってくるか?
それとも逆に俺から寄っていくか。
はうっ
待て待て、これは最後の晩餐だ。

いや、最後の晩餐なら最後にもっと触れ合ってやっても…違う違う違う〜〜

邪な思考に邪魔されて止まってしまっていると、超至近距離から俺の手を見ながら
「おっきいね。」
とつぶやかれて「な、なにが…」とうろたえながらペンをポロリと落としてしまった。
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