バスストップ
図書館から帰る間際に「他にも昔ばなし読みたい。」なんて言うもんだから、何冊か選んでやった。

図書館の司書さんに「返却は来週の月曜日までにお願いします。」と言われた彼女は、無邪気な笑顔で
「じゃあ、次の図書館は来週の土曜日だね!」
と同意を求められて、なぜか自然と約束した形になる。

そしてその流れを繰り返して、毎週土曜日はメイと図書館。というルーティンができてしまっている。

ナイトには冷やかされる始末だ。
図書館に初めて一緒に行った日に心に決めた、最後の晩餐はどーなった、と自分でも思う。

しかも会うのはそれだけではなく、朝のバスは70%くらいの確率で一緒になるし、下校も30%くらいの確率で出会っている。
むしろ会わない日があると、休みか?と考えてしまうくらいには顔を合わせている。

「最近レイタ全然遊んでくんねーんだもん。」
なんてナイトに言われたのは、土曜日に図書館に行くというルーティンを4、5回繰り返し、もう期末テストが近づいてきた夏の初めだった。
「毎週メイちゃんに会ってて飽きない?」
と聞かれ、じっくりと自分に向き合ってみたが。
「飽きてはないな。バカがうつってんじゃねーかとたまに不安になるけど。」
と嘘偽りない心情にたどり着く。

学校帰りにコンビニで買ったカフェオレを飲みながら通りすがりの公園の塀に腰掛けていると、目の前をこちらに気づいていないメイが通り過ぎていった。
ナイトが「あ。」と声を掛けかけてメイが一人じゃないことに気付き止まる。
俺と同じ制服を着た男を連れたメイの後ろ姿を横目で一瞬だけ見た。
「メイちゃんもーすぐテストでしょ?一緒に勉強しよーよぉ。」
と媚びた声を出した男は、そういえば前にもメイと一緒にいた男じゃないか?

へーえ。

ナイトはトンネルの向こうを覗き込むかのように前のめりにまじまじとメイと男の背中を見送って
「あれ、彼氏?」と俺に聞いてきた。
「知らねーって。」
そんな話聞いたことないし。
そもそも彼氏いるなら毎週土曜日に俺と会うか?
いや、もしかしたらアイツとは日曜日に会う約束をしてるとか。

俺たちは、図書館に初めていった日に書いてあげた答案用紙を解説しながら解いていくという作業を未だに続けている。
メイの理解力がミジンコほどもないからだ。
「アイツに勉強教えてもらえばいいんじゃねーかよ。」
とボソッと声に出してしまった。
ナイトが目を細めて嬉しそうにしながらやたらとでかい声で「そんなスネんなよ〜レイタ〜。彼氏じゃないかも知れないじゃーん。」といじってきた。
ズズっと飲み終えたカフェオレを近くのゴミ箱に投げ捨てると、バス停に向かって歩き始めた。
「あれあれあれ?気になるから追っちゃう?ついてくよーん。」
とナイトが俺の半歩後ろをついてくるので
「スネてないし、追ってもない。」
と言っても、「ヘイヘイ。」と流された。

いいじゃないか、俺にバカがうつる心配が減ったんだから。
俺はリードしてくれる年上のインテリな女子大生に大人なお付き合いを教えてもらいたいんだよ、もともと。

自然と早足になってしまう。

「まぁまぁレイタ。そんな焦んなくても、大丈夫だって。」
と楽しそうに言いながらついてくるナイトに言い返してやろうと立ち止まって勢いよく振り返ろうとしたら
「レーイタっっ。」
と歩道脇のガードレールにもたれていたメイがぴょんっと飛び出てきた。

ナイトにかましてやろうと思っていたセリフがパチンと弾けて頭が真っ白になる。

「朝レイタに会えなかったから、もうそろそろ来るかもって思って待ってた!」

待ってた…
待ってた…
待ってた…

「え、あ、えぇ?」
メイと話していると、俺の脳みそがたまに情報処理できなくなる。
メイのせいでバカがうつったと思ってる。

「あれ?メイちゃんさっき彼氏と歩いてなかった?」
とナイトが俺の代わりに話しだす。
「あれは友達。ねぇ頭いい人としゃべってても自分の頭ってよくならないのなんで?って思ってるんだけど。」
ナイトは答えに困って苦笑い。

「学校でも期末で30点以上取れなかった教科は夏休みに補習って言われた。」

30点って、すぐ取れる点数でもコイツにはペナルティのボーダーラインになるのか。

ナイトが大きな手振りで
「そんなんレイタに勉強教えてもらえば全然ヨユーじゃーんっっ!」
と提案するが
「俺に何のメリットがあってそんなことしなきゃいけないんだ。」と却下。
メイが「無理無理〜。」と半笑いで首を振っている。
何が無理なんだ。
お前が30点をとることか?
俺が教えたって無駄ってことか?
それとも俺には教えるスキルがないってことか??
クッソ、このバカな年下女。
脳内では悪態つきまくりでも、俺の顔面はしれっと装っている。
「じゃあさ、メイちゃん。」とナイトが悪だくみっぽい顔をしている。
「レイタに勉強教えてもらって補習をまぬがれたら、レイタにご褒美あげてよ。」
間髪いれずにメイが「小さい方のつづら!」と言った。
なんで?
つづら、いらんわ。
ナイトはさらっとメイの意味不明発言を捨て置き、彼女のくちびるの端っこらへんをツンっと触った。
「ご褒美といえば、チューでしょ。」
「どこに?」
屁でもなさそうにメイが返事をしているが、どことかじゃなくて。
「ほっぺとか。」
とナイトがまたメイの顔をツンっとつつく。
触んな。
ってゆーか、ほっぺかよ。
「そんなんでいいの?」
とメイが俺の表情を伺っているが……
「はいはい。どうせ毎週図書館で会って勉強してるし、今まで通りってことだろーが。」
と俺は肩を落として返事する。
病んでるな、俺。
年下のIQミジンコに右往左往させられて。
なんで妙にハラハラしなきゃいけないんだか。
俺、病んでるんだな。

「メイちゃん、レイタじゃなくて、俺が教えてあげてもいいよ。俺、ご褒美ほしいから。」

とナイトに煽られてるし。

「ほんと?じゃあ、レイタが教えるのポンコツだったらナイトくんにお願いするわ。」

この、年下IQミジンコがぁ〜!!!!
俺はメイの首を絞めるふりをして「てめーーー!!」と久しぶりに大声を出してしまった。
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