月下の少女

「車、止めてください。」


「ハルちゃん何を?」
「バイクに囲まれてるのわかるだろ?今止まったら大事故になる。」



「私は…っ!」



そこまで話すと押し黙るように何も話さなくなった。


突然のことで俺も公弥さんも動揺を隠せない。


ただ、明らかに春陽の様子は変で心做しか体が震えている。


さっきまであんなに楽しそうだったのにこの一瞬で何があった?


何とか海まではたどり着き、事故なく停車させたが、車が止まったかと思えば春陽は車から飛び出して周りをキョロキョロと見渡す。


その様子は焦っているようにも何かに怯えているようにも見えた。


俺は一度春陽と目を合わせるために春陽の肩を掴んで声をかける。


「落ち着け。何があったか話してくれなきゃ分からない。」


教えてくれ。


何が春陽をそうさせる?


焦り、怯えて、迷い…様々な感情が入り乱れているのか明らかに落ち着きはない。


「大丈夫だから。な?話してみろ。」


しっかり目を合わせ、できるだけ優しく声をかける。


すると、やや表情の強ばりが緩み、ゆっくりと話し始めた。


「私は…、夜しか生きていけない体なんです…。」


夜?

どういうことだ?


「お願いします…。帰りたいんです。」


その言葉はどんな言葉よりも切実な言葉で、今春陽を救ってやるにはこの言葉に従うしかないと瞬時にそう思った。


本当は俺がここから連れ出してやりたいが、そうもいかない。


近くで俺たちの会話をずっと聞いていた公弥さんとコンタクトを取り、俺は直ぐに春陽を車の中に戻した。


公弥さんも頭がキレる人で助かった。


公弥さんと春陽が乗った車は直ぐに動き出し、元来た道を戻って行った。


俺は何事も起こらないことを願うことしか出来ないが、落ち着かない心をどうにか沈め、関東連合総長としての責務を全うする。

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