君が好きだと気づくまで

10.特別扱い

さて、デート延長……と思ったのは、実は私の勘違いだったのかもしれない。
前回みたくシャレた場所にでも連れてかれるのかと思いきや、

「今月金欠なんで、安いのがいいんだよなぁ」

と言う彼が選んだ店は、安い、早い、美味いが売りの立ち食いうどん蕎麦屋。
ラーメンですらない。
目の前のざるうどんは好きだけど、好きだけどさぁ。
「デートか?これ」
「立ち食いだとやっぱ安く済むんだよね。他の女子はさすがに連れてこれないけど、先輩ならいいかなって」
これほどまでに嬉しくない特別扱いがあったものかと驚く。
期待していた気持ちは一気に消え去る。

──……っ期待、していた?

いや違う。期待じゃなくて予想だ。予想が外れたからびっくりしただけだ。
だって仮にも彼氏を名乗り出ていたなら、女子が好きそうなイタリアンとかバーとか……いや、バーはもういいや。とにかく、そういう「女の子扱い」をされるかと思うじゃないか。
「……なんでここに連れてきたの?」
考えてもわかんなかったため言葉にした。直球すぎたかもしれない、と少し後悔に似た感情が湧く。
別にそんなに嫌なわけじゃないのに、今の聞き方だと不満があるように取られてもおかしくない。数分前の自分に戻りたい。戻って今の会話をやり直したい。
「うん?食べたかったから。あと緊張しないっしょ」
緊張してほしかったんじゃないのか。
ちぐはぐな彼の言動にもやもやが募る。
言い返す言葉も出てこない私には「そうだね」としか言えない。

好きなはずのうどんが、ちょっとだけ薄味に感じられた。


「──……って、終わりじゃないわけ?」
まだ肌寒い夜の下、私たちは連れ立って歩く。
ご飯食べて「はい、おしまい」かと思ったら、今度は駅とは真逆の方に歩き出すし。
この後輩の考えていることが、私にはちっともわからない。
というか、せめて行先くらいは言ってくれてもいいのにと思うのは私だけだろうか。
むっとしながらついて行く私の指先は、風にあたってひんやり冷たくなっていく。
「遠山。いい加減行先くらい……」
言いかけた言葉は、喉の奥に消えていった。別に病気だからとかそういうのじゃない。
連れてこられたのは、満点の星を一望できる公園だった。既に何組かのカップルはその辺でイチャイチャしているが、それも目に入らないくらい空の星は綺麗で、感嘆のため息が思わず零れた。
「金はないけど、こういうデートも有りじゃない?」
煌めく星の下、辺りは暗くなっていて彼の表情は読めない。

──ねぇ、今どんな顔してるの?

言葉では言い表せないごちゃっとした感情に、なぜだか耳が熱くなっていく。
「……今、私は一応遠山の彼女なんだよね?」
「え、うん、はい」
突然話しかけられたことに驚いてか、彼の反応が鈍る。
「じゃあ……ポケット、貸して」
「え?ポケット?」
「指がちょっと冷えたの。私今日ポケットない服だから」
言ってるこっちが恥ずかしくなる。いや、ちょびっと寒いのは本当。本当なんだけど、でもこんなこと自分から言い出すなんて普通じゃない。もしかしたら熱があるのかもしれない。
いや、たぶん周りのカップルの浮かれた雰囲気に当てられたんだ。きっとそうだ。そうであってほしい。

返答がない。

やっぱりヤバい奴認定されてしまっただろうか。ポケット貸してなんて、普通言わないしな。引かれてないかな。でもなんでこんなに不安になるんだ。
頭がごちゃごちゃしてきた。冷静になるためにも精神を安定させるためにも、この場から一秒でも早く立ち去りたい。
そろっと一歩、左足を下げる。うん、気づかれてないはず。
よし、もう一歩、と右足をそろっと持ち上げた。うん、やっぱり気づかれてない。

よし、走ろう。

サクサクッと葉を踏む音と、自分のうるさい心臓の音しかしない。
こんな格好で思い切り公園を走るなんておかしい人だ。そんなことにすら気づけないほど、恥ずかしくて気まずい思いに心が侵食されていた。
調子のった。自分が一瞬でも他の女の子みたいなデートをしているんだって錯覚した。
じわっと滲む視界に嫌気がさす。なんでこんなことでいちいち泣かなくちゃならないんだ。そんなに傷ついたんだろうか。別に何もされてないのに。私が馬鹿言っただけなのに。

「いた!モモ先輩!」
聞き慣れた声に思わず振り向く。
しまった、と思ったのは彼が「え」と驚いた表情になってからだ。
公園のライトが当たる場所で、二人の顔は丸見え。泣き顔を見られたと彼の反応で初めて気づく。
「ごめん。……ごめん、なんでもない。なんでもないから」
「さっき何も言わなかったから?」
なんでもないから何も聞くなって言おうとしたのに、とそっぽ向く。
何でこいつはこう、直球に聞いてくるんだ。カーブをかけてほしい。やわらかく、それとなく聞いてくるみたいなカーブを。いやむしろ放っておいてくれたほうがよかったとすら思う。
「拒否したんじゃなくて……色々考えて、先輩がわからなくなったんだ」
彼の言葉に顔を上げる。
ライトに照らされた遠山は、困ったような顔だった。どうしたらいいかわからない、と言いたげな顔。
「私がわからないってどういうこと?」
私も大概だ。人にはオブラートに包めと言いつつ自分は包もうとしない。遠山とは似通った部分があるのかもしれない。
遠山は少し目を泳がせ、短く息を吐いた。

「……先輩がどういう意味で言ってきたのか、とか」

それを改めて聞かれてる答えづらい。けど、遠山だってわかりかねている。それはきっと、私たちの関係が確固たる繋がりではないからだろう。
ただの先輩後輩の関係が、一晩でいきなり仮彼女になったんだから混乱があっても何らおかしくない。……言い出しっぺが向こうだということはさておき、互いに互いの気持ちが伝わってないことは明白だ。
じゃあ、先輩の私からちゃんと言葉にして伝えなければならない。

「一応役とはいえ彼女だから、カップルぽいことをしようとしたの」

言ってて恥ずかしくなる。別に頼まれてもいないのに、必要なら向こうから何らかの指示があってもおかしくないのに。
顔から火が出るような場面(シチュエーション)というのはまさにこのことなのだろうと実感する。
「……あー、はい。まぁ、役ですしね。……やっぱしくじったな」
「?なにか言った?」
ぶつぶつ独り呟く遠山に声をかけると、彼は「いや別に」となぜか死んだ目をしている。

「とりあえず終電もう間に合いそうもないので、今日先輩の家に泊めてください」

にこっと不気味な程に爽やかな笑みを向けられた。
距離を取ろうと身構えたその手を握られ、
「ついでに酒も買いましょう」
と歩き出す。
これはよくない流れだ。わかってる。絶対流されるって未来が予知できる。できるのに……。

「先輩」

そう呼ぶ嬉しそうな、楽しそうな後輩を無下にできない。たぶん私は、自分で思ってる以上に簡単な女なのだろうな、と内心ため息をついた。
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