君が好きだと気づくまで

9.ホラー映画

場内は薄暗く、二度見しないと座席番号を把握できない。
「かなりいい席だね」
真ん中よりの後ろの方。映画の座席の中で最も良いとされる位置だった。
平日だからか、人はすかすか。席はどこに座ってもバレなさそうだ。
「平日のホラー映画ってこんなもんだよ」
「よく知ってるね」
「まぁ、来たことないわけじゃないから」
じゃあその人を誘えばよかったんじゃ、と余計なことを口にしてしまいそうになる。
無言で席につくと、肘掛けに二つの手が置かれた。
「………………いや、どかしなさいよ」
ギロ、と睨むと、彼は「嫌ならどかせば?」と鼻で笑ってきた。
こうもわかりやすく煽られては受けるしかない。
「別に邪魔だなぁってだけですからぁ」
憎まれ口を叩きつつも、その手を引っ込めはしなかった。

──やめときゃよかった。

変に意地を張らなきゃよかった。
上映開始してわずか十分弱。
私の腕は時折不自然な動きをしていた。
そう。私はホラー好きではある。けれど決して得意ではないのだ。
クッションを盾にしているから気楽に見れるのであって、大スクリーンで、しかも手にできるものがポップコーンのみというこの状況下で見るものではない。
こんな震えていたらさすがに向こうも気づいているだろう。
なぜ意地を張ったのか。さっさと腕を引っ込めてポップコーンを抱きしめていれば、からかわれるという別の意味でのドキドキはなかっただろうに。
今からでも遅くはないだろうか。
横目で見るのもはばかられて、じりじりと手を離していく。
『ゔぁぁぁ!!』
「ひっ……!」
映画の醍醐味でもある音質の良さと大音量の演出に、見事にビビらされた。
人が少なくて良かった。聞こえてないであろうことを祈る、が──……。

──確実に隣のヤツには聞こえてるだろうなぁ!

後でからかわれるのかと思うと癪だ。いやそれより、かっこ悪いとか、幻滅、とか思われる方がショックだ。けど事実だからどう言い逃れしようか、など映画そっちのけで考えをめぐらせる。

すると。

パサリとくるめられた毛布が隣からパスされた。
映画館の貸し出し用の毛布みたいだ。
意図がわからず顔を向けると、目が合った。
「別に寒くないよ」
小声で伝えると、彼は無言で私の腕を掴み、その腕をくるんだ毛布にかぶせた。
もしや、との思いで毛布を両手で抱きしめて首を(かし)げて見せると、遠山はふっと目を細めた。
見たことない優しい顔に、私の単純な心臓は大きく脈打つ。
パッと前を向き、スクリーンから目を離さないようにして、とにかく隣を見ないよう意識した。

けど触れられた右手は既に熱くなってしまっていて、毛布を抱える腕に無意識に力がこもった。



「──いやぁ、かなり迫力ありましたね」
「うん」
「最後のあの、出てきて終わるってのがまたホラー映画ならではって感じで」
「うん」
後輩の足がピタリと止まった。
「めちゃ棒読みじゃん。楽しくなかった?」
「いやそれはない」
キッパリ即答してしまい、余計に不審がられる。
でも実際、楽しくなかったわけではない。クッションを手に入れてからは、わりと余裕が生まれたのだ。
「あの、幻滅とか、してない?」
誤魔化す言い訳が思いつかず、正直に打ち明ける。
「幻滅?」
「……うん」
いつも抱えていたクッションたちは、視界制限に加えて精神安定も含まれていることがよくわかった。そして、映画は向いてない。ホラーはやっぱり家で鑑賞するのが一番だ。
加えて、一人がいい。二人だとそっちに意識が向いて集中できないこともよくわかった。
「幻滅するとこあった?もしかしてビビってたの自分で気にしてんの?」
相変わらず容赦なく言葉の刃物を投げてくるな。その通りですけども。
「あははっ」
笑われた。
「いや……だって幻滅されたか気にするのって、嫌われたくないってことですよね?」
「そんなことは」
ない、と言ったら嘘になる。
けど、
「後輩から嫌われたい先輩なんていないでしょ」
逃げた。わかってる。わかってるけど、私の心臓のためにも脱出ルートを使わせてほしい。でなきゃいろいろキャパオーバーだ。
「なんだ。じゃあ彼氏として意識はされてないってことか」
「そういうことになるのかな」
「じゃあ、別に意識してない相手とメシくらい行けますよね?」
「……うん?」
「いやぁ、めっちゃドキドキしてこれ以上一緒にいたら心臓破裂する、みたいな状況だったら大人しく帰そうと思ってたけど、そうじゃないみたいだし」
遠山は意地悪く笑った。
「別にヨユーでしょ?先輩」
「……仕方ない。後輩の頼みは断れないからね」
余裕のあるフリであることがバレてなきゃいいけど、と内心冷や汗ものだ。

かくして、私たちの初デートは延長したのだった。
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