君が好きだと気づくまで

4.求められる

「──ってもうほんと……!彼氏彼氏ってみんなしてなんなのよ!」
「あーそっすねぇ。とりあえず水飲んでくれるとありがたいっす」
「水!?水で愚痴が言えるかっての!」
この短い会話でもわかる通り、完全にできあがっていた。
さすがにカフェではない。酒の力で頭のネジがいくつか弛んだ私の方から後輩に絡み、現在ボロいアパート──もとい私の現自宅にて飲み直している最中だ。
「彼氏がそんなにいいんですかぁ!?居ないとおかしいんですかぁ!?」
荒れ狂う女に、殊勝な後輩はコップに注いだ水を渡してくる。
「落ち着いて。飲みすぎだって」
これじゃどちらが年上かわからない。
宥められた私は大人しくコップを受け取るも、滑って手から落ちてしまった。
コップはテーブルにあたり、水が表面をびしゃびしゃに濡らす。
「あーやっちゃった」
(したた)り落ちた水がスカートを濡らす。ベージュに水玉模様が浮かび上がり、ティッシュで拭こうと手を伸ばした。
「あ、それやめた方がいっすよ」
と手を掴まれた。
「ティッシュより布のがいい」
とハンカチを押し付けられる。
結構濡れているから小さなハンカチじゃどうにもならないと思うのだけど、と視線を上げて、ビクリとした。

──顔が近い……!

想像以上に接近してしまい、彼の匂いと息遣いに耳が熱くなる。そうだ男なんだった、と今さらながらに思い出す。
ハンカチ越しのはずなのに、大きくなった手が太ももにあることに心拍数が上がる。
これはあれだ、薄いスカート生地のせいだ。あと後輩が成長しててビックリしているせいだ、と自分に言い聞かせる。
「え、真っ赤。大人しくなったと思ったら……酒の効き目遅くない?」
「とっくに酔ってるわよ!これは……!その」
続く言葉を探すも、どれも「緊張している」と言ってるようなもので、口をつぐむしかない。
「まさか意識してんの?」
からかうような口調に、キッと目を吊り上げる。
「してるわよ!」
いつもなら「まさか!」と冷たくあしらったりできるのに、どうやらアルコールが自覚している以上に機能しているらしい。
出てしまった言葉を撤回すべく「いや、あの」と否定しながら後ずさる。とりあえず離れて冷静になってから考えないと、と視線を逸らす。
けれどその腕を捕まれ、勢いよく引き寄せられる。
「え!?ちょ」
何するの、と眉を寄せた刹那(せつな)、頭の後ろに手を回され、気づけば口が塞がれていた。
「んっ」
柔らかい感触と生温かい息とに思考が奪われてしまう。
気持ちいい、というよりドキドキした。そのまま目を閉じ、感触に浸る。
何秒かして、ようやく唇が離れた。
ほっとすると同時に、名残惜しさも湧いてきた。

──いや名残惜しくなんてない!

意識が覚醒する。危ない、アルコールに流されてしまうところだった。
気まずくて彼の顔を見れない。いやでも帰れって言わないとだし、と視線を上げる。

上げて、しまった。

視界に映っていたのは、知っているはずの後輩の知らない顔。
欲情を必死にこらえるような熱のこもった目に捉えられ、身体が動かなくなる。
「もっかいしていい?」
ストレートな言葉に思わず後ずさる。
「よ、よくない。だめ」
慌てて自分の口元を覆う。
じんわり目元が潤む。別に泣きたい理由なんてないのに。
自分の身体のはずなのに制御が効かない。
「……したいんだけど、嫌?」
聞き方を変えるだけでこうも断りづらくなるものなのか。
その熱っぽい視線を向けないでほしい。その目が私の抗う気力を削いでしまうから。

ちょっと、怖い。
私を求めるその目が男の人だということを嫌でも実感させられるからか。
怖い、けど、あの感触を求める欲求には勝てない。

「──その聞き方は、ズルい」

そう呟き、彼に近づいて肩に触れる。
それを合図に、再び首筋近くに彼の手のひらが触れ、ゆっくりと引き寄せられる。

重ねられた唇に、充足感に似た感情が湧いた。
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