君が好きだと気づくまで

3.夜のカフェ

 連れてこられたのはおしゃれな雰囲気のカフェだった。客が二、三人しかいない落ち着いた店内にジャズが流れ、レトロな雰囲気を(かも)し出す黒い椅子に座る。
 こんなところまでリサーチするようになっているのか、とあまりの変わりように驚く。あのいたずらっ子の目をした少年はどこに行ってしまったのか。
 女性の扱いに慣れているのか、それともただ単に女と見られていないのか、後輩はスマートな手つきでメニューを開いて渡してくる。
「ここのハンバーグプレート、オススメだよ」
 何回も来たことがあるのか、そんな文句まで添えてきた。
 反対に私は落ち着きなく店内をきょろきょろ見回し、メニューを目にしたときも、
「あ、たまに行くカフェよりお高めのところだ」
 と思ってしまい、飲み物だけ頼むことにした。
 ドリンクメニューには酒類もあった。カクテルやらマティーニやら、バーで提供しているであろう種類まであって驚く。
「カフェなのにこんなにお酒あるんだ」
 思わず口にすると、遠山は「うん」と首肯する。
「ここの店長、以前はバーテンダーだったらしくて。カフェだけど学生より社会人の人向けにって創ったカフェらしいよ」
 へぇ、と感嘆する。
 バーって言われるとどうしても敷居が高く感じられるから行ったことはない。けれど見た目カフェだったら気軽に寄れるかもしれない。
せっかくだし普段飲めないものを頼みたくなり、
「カクテルあたり飲んでみたいかも」
「先輩炭酸苦手だったよね。酒飲めるの?」
 覚えられているとは、と視線を上げる。
「微炭酸だったら飲めるようになったよ」
 時間はかかるけど、という言葉は呑み込んだ。
「酒はあんまわかんないんだよな」
 と遠山が呟くと、カウンター席の奥から店主らしき風格の人がツカツカと歩み寄ってきた。遠くからではわからなかったが、意外と身長が高く筋肉質だ。
「普段あまりお酒を(たしな)まれないのでしたら、ファジーネーブルをおすすめします。口当たりも良く度数もあまり高くなく、かつビタミンを補えます」
「あ、ではそれで」
 ふぁじーねぶるって何だろう、と思いつつも促されるまま注文する。その正面で、遠山はハンバーグプレートと赤ワインを頼んだ。
 そうかもう酒も飲めるのか、と驚きの連続だ。そういえば声も低くなっているし、髪だって染めてるし、知らない人になってしまったみたいだ。
 なんだか気まずくなり、手元にあったお冷で舌を湿らせる。
「よく来るの?この店」
 当たり障りのない質問のつもりだった。
 しかし明らかに視線が泳ぎ、
「あー……うん、まぁ」
 と曖昧な返事をされた。空気がより一層重くなってしまった。
 お冷を注ぎ足し、ぐっと(あお)る。
 時間も時間だからお腹が空いてくる。やっぱりなんか頼めばよかったか、ともう一度メニューに手を伸ばそうとしたとき。
「お待たせいたしました」
 銀のトレーで運ばれてきたグラスに、思わず声が漏れ出る。
 見た目はちょっとお高そうなオレンジジュース。カットされたオレンジが細長いグラスに添えられ、見た目の可愛さに喉が鳴る。
「こちらアルコール度数低めのお酒で、ピーチリキュールをオレンジジュースで割ったものになります。手軽に作られるカクテルでもあるので、お気に召しましたらお家でも試しに作ってみてください」
 と人の良い笑顔を浮かべ、音を立てずにカクテルを置く。
 そっとグラスを傾ける。
 アルコール特有の味がしたかと思えば、桃とオレンジのフルーティな甘さがすっと舌に馴染む。あまり酒を好んでは飲まないが、これは、この味は好きだ。
 ほっと息をつき視線を上げると、遠山も赤ワインを飲んでいた。あまり似合っていなくて、思わず笑みがこぼれる。
「え、なに」
「ううん。なんか遠山がお酒飲んでるのって違和感があるなぁって」
 背伸びをしたがるところは変わっていないのかな。赤ワイン片手に顔を少し強ばらせてるその表情にかつての後輩の影が重なり、唇が緩む。
 そのすぐ目の前に、真っ白な皿に盛られたハンバーグが現れた。デミグラスソースがかけられたハンバーグが空腹の私を誘ってくる。

「やっぱり私も頼む」

 空腹と食欲に勝てなかった私は手を挙げ、後輩と同じものを注文した。
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