奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~


敦子と入れ違いに、奈美が見舞いにやって来た。

「梨音ちゃん」
「あ、奈美さん」

奈美の表情は冴えない。

「ゴメン、外まで話し声が聞こえちゃった」
「恩師にまで、嫌われちゃった」

奏とその母から、『二度と顔を見せるな』と言われてしまった。

「梨音ちゃんが悪いんじゃないよ、あいつらが悪いんだ」
「私と赤ちゃん、そんなに邪魔なのかなあ」

悲し気に呟く梨音を見て、奈美は言葉もなかった。
泣いているのかと思った梨音の目には、涙すらない。
本当に絶望した時には涙も出ないのかと、奈美は初めて知った。

「お祖母ちゃんのところに行こう」

ポツンと奈美が口にした言葉は、梨音が待ち望んでいたものだった。

「奈美さん」
「誰になんて言われたってかまわない。小暮家の人間はみんな梨音ちゃんとベビーを待ってるんだからね」

「ありがとう、奈美さん」




それから奈美は医事課へ行き、退院希望を伝えた。
案の定いい顔はされなかったが、このままでは梨音の体調がまた悪くなりそうだと思った奈美は必死で頼み込む。
かかりつけの産科医にきちんと診てもらうからと説き伏せて、強引に退院手続きを取り会計をすませた。

もう夕方になっていたが、その足でふたりは電車に乗ったのだった。




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