奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
「あなたはどこまで人の心を傷つけたら気がすむんですか?」
「だから、なんのこと?」
敦子は声を荒げた。
「これを、俺が知らないとでも思ってるんですか?」
奏は皺くちゃになった小切手を敦子に向かって投げ捨てた。
紙切れを見て、敦子は狼狽える。
まさか梨音に渡したはずのものを、奏が持っているとは思わなかったのだろう。
「それはなんだ?」
父がその紙切れを拾おうとすると、敦子が大声で遮った。
「触らないで!」
父は気にせずに拾うと、くしゃくしゃの紙をゆっくり広げた。
さすがに金額を見てありえないことだと思ったのか、眉をしかめている。
「敦子、これは?」
「母さんが京太を使って俺を騙して梨音と別れさせ、彼女に手切れ金として渡そうとした小切手です」
「なんだって?」
敦子がブルブルと震えているのは、奏への怒りなのか夫への恐れなのだろうか。
「もちろん、梨音は受け取ってないからここにあるんです」
「敦子、本当なのか?」
夫に問い質されても、敦子はひと言もしゃべろうとしない。
「おまけに、今日は安静にしないといけない梨音をわざわざ見舞ったそうですね。彼女になにを吹き込んだんですか?」
「………」
敦子はなにも答えない。
「どうせ、また嘘をついて出て行けとでも言ったんでしょう?」
さっきまで興奮して赤くなっていた敦子の顔色は、今や青白くなっていた。
「彼女のお腹には俺の子どもがいるんです。しかも母子ともに命の危険がある!」
奏が大声を出すと、ビクッと敦子の肩が大きく揺れた。
「奏、本当のことなのか?」
「お父さん、申し訳ありません。俺は家や会社より梨音を選びます。それをお伝えしようと帰ってきました」