奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
あらかじめ、奈美から連絡が届いていたのだろう。
女性は穏やかな笑顔を見せると「間野さんですね」と、低い落ち着いた声で話しかけてくれた。
「あなたがお越しになる事は梨音さんには伝えていません。彼女はお部屋でピアノを弾いてますから、どうぞお入りください」
奏は案内されて家の中に入ると、老女に促されるままドアノブをゆっくりと回した。
ドアに背を向けてる形で、アップライトピアノの前に梨音が座っていた。
集中しているのか、部屋に入ってきた奏に気付かない。
楽譜を選んでいるのか、いくつかをじっと見つめている。
その中から一冊を選んで譜面台に置くと、また曲を弾き始めた。
(エリーゼのためにだ)
これだけゆっくりと弾くのも珍しい。
何かを思い出すように、語り掛けるように音を紡ぐ。
(懐かしい……)
初めて梨音と出会った日からの思い出が、曲とともに蘇ってくる。
ひとつひとつの場面が、つい昨日のようだ。
楽しかった日もあれば、運命の残酷さを感じた日もある。
(あの日々を失いたくない)
奏が胸の痛みを堪えていたら、最後の和音が柔らかい音色で鳴らされた。