奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
「梨音」
奏が愛しい人の名を呼ぶと、梨音が振り向いた。
「奏さん……」
信じられないのか、いつも以上に目を見開いている。
すぐに立ち上がって逃げようとしたが、奏は梨音のそばに寄って押しとどめた。
「急に動くと危ないから、じっとしていてくれ」
「あ……」
梨音はなにか言いかけたようだが、もう一度椅子に座ると奏と視線を合わせないように俯いた。
「病院から急にいなくなるから、心配したんだ」
梨音は下を向いたままだ。突然現れた奏を警戒しているのだろう。
奏は梨音の前にしゃがみ込むと、優しく話しかけた。
「すまない。君になにから話せばいいのかわからない。ただ君に謝ることしかできないんだ」
梨音に触れたくて手を伸ばしたが、奏はぐっと堪えて拳を握る。
「奏さんが、謝る?」
小さな声で梨音が呟くのが聞こえた。
「そうだ。俺は君に謝ることしかできない」
梨音を信じなかったこと、意地を張って連絡しなかったこと、母の企みに気がつかなかったこともだ。
奏はひとつひとつ言葉にして梨音に謝っていく。
「奏さん、もうやめて」
弱々しい声で梨音は奏に告げると、彼の方へ手を伸ばしてきた。
奏は思わずその手を握るが、梨音は振りほどこうとはしなかった。
「君は俺よりも年の近い京太に魅かれたのかと思い込んで、嫉妬してしまった」