奏でる愛は憎しみを超えて ~二度と顔を見せるなと言われたのに愛されています~
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あっという間に寒い冬が過ぎ、季節は春に移った。
桜が散って、そろそろゴールデンウイークが楽しみになる頃だ。
梨音は今、下町にある小さな洋食屋で働いている。
「梨音ちゃん、こんにちは~」
「は~い。いらっしゃいませ、国広さま、坂上さま」
都心から少し離れた地下鉄の駅からほど近い、小さな商店街の中にある洋食屋『日暮亭』だ。
ここが、梨音の新しい居場所になっていた。
「今日のケーキセットはなにかな~」
「フフッ、今日は抹茶のシフォンケーキですよ」
「おや、ラッキーだね!」
常連の骨董品店の店主の国広と質屋の旦那の坂上がいつもの窓際の席に陣取った。
今日もお茶しながら、しゃべったり新聞を読んだりして長居をするつもりだろう。
「あんたたち、また来たんだ」
常連客の声が聞こえたのか、奥の厨房から女主人の小暮章子が顔だけのぞかせた。
「ご挨拶だね、客に向かって」
「この店の女将は口が悪いから気をつけてね、梨音ちゃん」
章子はふっくらと愛嬌のある顔立ちだが、その迫力ある体躯に初見の客は圧倒される。
だが彼女は、梨音の恩人だ。心根の優しい女主人が助けがあって、梨音は生きているようなものだ。
「梨音ちゃん、こいつらに笑顔のサービスは無しでいいからね」
「はあい」
以前はフェミニンなスタイルだった梨音は、少し伸びた髪をポニーテールに結びTシャツにスリムなパンツ姿で別人のようだ。
梨音は笑顔でトレーを持ち、水の入ったコップとお絞りを運んでいる。
笑顔と真っ白なエプロンがよく似合う、看板娘のような存在になっていた。