白鳥とアプリコット・ムーン ~怪盗妻は憲兵団長に二度娶られる~

 しかも、魔女の娘を脅そうとウィルバーが暮らしていた邸に足を運んでもそこはもぬけの殻。女装した姿で周囲の人間に話をきいても「ウィルバー憲兵団長ならまだ独身だろ」と意味不明な供述を繰り返すばかり。しまいには「ノーザンクロスの一族に娘なんかいないよ」とまで言い切られ、愕然としてしまう。

 ――おかしい。ノーザンクロスの一族には古代魔術を継承している娘がいたはずなのに。もう、“烏羽の懐中時計”の魔法を扱える魔術師はこの国にいないのか?

 タイタスはスカートのポケットに入れっぱなしの白銀の塊を取り出し、太陽のひかりに翳す。
 太陽のひかりを浴びることで、銀一色だった丸い懐中時計の中央に刻まれた透き通った文字盤が煌めきだす。烏の一族が所有していたからなのか、“烏羽の懐中時計”と呼ばれるそれは、“稀なる石”が時の数だけ鏤められていて、いまも充分すぎる魔力を包有している。
 タイタスはチッ、と舌打ちしてから、ポケットへ仕舞い込み、毒づく。

 ――怪盗アプリコット・ムーンとやら。我が身可愛さで王家に屈したのか? ならば今宵、満月の下で勝負といこうじゃないか。
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