あなたとしゃぼん玉
先生の口から発せられる言葉が頭に響いて、なかなか理解することができない。

「では出産の方向でいいんですよね?」

その言葉だけ理解することができたわたしは「はい」と頷く。
「では一旦、扉を出たすぐのところにあるお席にお掛けになってお待ちください」
「ありがとうございました」と伝え、少し放心状態のわたしは倒れ込むように席に着いた。
妊娠していた。
どうしよう。
どうしたら。
堕さなければならないとまず1番最初に脳裏に浮かんだ。
「石田さん」
「はい」
「産む方向で考えてはるんよね?」
「……はい」
「では、次回は1週間後にお越しください。気をつけて帰ってね」
看護師に会計書類が入ったファイルを渡され、廊下に促される。
扉を閉めたわたしの目の前に広がる光景が、わたしの心臓を締め付けていく。
妊婦さん。
左手に指輪をして、お腹をさする女性と、隣で荷物を持って寄り添う男性。
マタニティーマークを鞄にぶら下げている女性と、そのお母さんらしきひとの姿。

わたしだけ。
わたしだけが祝福されない妊娠をしていることに気づいた。

…身体が熱い。
下腹部が圧迫されているような気がする。
尿意がすぐに来るし、トイレが近い。
今でさえも、少し眠い。
泣きそうだったが、わたしは泣ける立場でもなんでもない。
会計の待ち時間に大矢さんにLINEで連絡をした。

【妊娠していました。8週って言ってはりました。ごめんなさい。】

全てわたしが悪くて、根源がわたしにあって。
わたしだけが犯罪者になってしまっているとしか思えなかった。
大矢さんからの返事は電話で届いた。


♪〜♪〜♪


「………はい」
『…あ、朝日?お疲れ』
「うん…」
『今病院終わったん?』
「はい。今終わりました」
少しの沈黙の後、彼が重い口を開いた。
『何となく、そうやと思ってたわ』
その言葉に涙がこぼれ落ちた。
視界がぼやける。
マスクをしていたけど、すれ違う人たちが顔を覗き込むほど、きっと泣いていた。
ゴム着けてって、あんなに言ったのに。
まあいいかって後回しにしていた、彼の言葉に絶望と後悔の気持ちが声にならない涙となって溢れ出た。
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