仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
(しかし……)
カツカツと苛立たし気に靴を鳴らし舞踏会会場に向かっていたユーリスは足を止める。
『仮面はな、見せたくないものを隠すだけじゃない。いつもの自分を隠しているからこそ、本心を曝け出せる魔法のアイテムなのだ』
確かにあのとき、顔を隠しているだけでいつもの自分と違うからか、思ったことがスラスラと口から言葉となって滑り出していた。
『あなたをひと目見たときから惹かれるものがあったのです。こんなことは初めてで自分でも驚いていますが、今誘わないと後悔すると思いました』
こんなこと普段のユーリスなら絶対に言わない。
醜い自分にそんなことを言われても女性が困惑するだけだとわかっているからだ。
しかし今日のユーリスは誰だかわからないからこそ素直に言葉にすることができた。
想う人がいながら初対面の彼女にこんなことを言って罪悪感がなかったわけではない。
ところが、動揺して顔を赤らめる彼女に既視感を抱き、一つの可能性が小さく胸の中に浮かんだ。罪悪感よりももっと知りたくて近づきたくてこんなに積極的になったのも初めてだった。
お互い探るように会話する中で始めは気を張っているのか一線を引いたような態度だった彼女、ユリシス。
彼女は気づいているだろうか。おしゃべりに夢中で素が出ていることを。
無邪気に話すユリシスにまさかそんな偶然あるわけないと思う一方で期待が深まる中、刺繍が好きだという話になり、テーブルの下に隠れている自分の手袋に目をやった。
普段興味のない刺繍の話を掘り下げて、どのような柄を縫うのかと聞けばビオラの花をたくさん練習したというユリシスにユーリスの脳裏には屋敷のそこここで目にする刺繍が思い浮かぶ。
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