仮面の貴公子は不器用令嬢に愛を乞う
これは今朝、朝の支度をしているときにベリルが用意してくれたものだ。
いつものように手渡されたその手袋に刺繍を見つけて目を見開く。
『これは』
『ある方の置き土産でございます。お気に召しませんか?』
『……いや』
名は出さなくとも誰の仕業かは一目瞭然で、ほかにも家の中には上手なものから下手なものまで至るところでその刺繍が目に入る。
いったいどれだけ練習したのか、刺繍を目にするたびフローラを思い出して胸がぎゅと締め付けられる。探しても会えなかった辛さからあまり思い出したくないのだが、だからといって片付けさせたり処分する気にはなれない。

「ユーリス?」
「……あ、いえ」
物思いにふけってしまったユーリスは皇帝の呼びかけに我に返った。
「まあいい、それよりユーリス」
「はい」
「最近親しくなった友人がいてな」
「はあ」
いきなり話が変わり気のない返事をするユーリスに皇帝はにやりと笑う。
「その友人には娘がいるのだが、会ってみると無邪気な部分と凛とした気品を合わせ持つ不思議な子でな」
それを聞いてユーリスはフローラも不思議な魅力を持った女性だったと思い浮かべる。
「聞けば母が隣国の王族らしく、その母から厳しく淑女教育を受けているそうだ。娘のアリエラも五歳になったからな、礼儀作法を習ういい機会だと思って家庭教師をしてくれるよう頼んだのだ」
「へえ」
またもや気のない返事。ユーリスはすでに興味は削がれて途中だった書類の作成に勤しんでいた。
「そうしたら、なんとアリエラだけでなくマリーベルもレオンハルトもみんな彼女を気に入ってしまって、私がいても彼女に夢中で構ってくれないのだ」
ちょっと拗ねたような皇帝の言い方にユーリスはちらりと視線を上げた。
レオンハルトは七歳になる皇太子殿下だ。
皇帝一家に気に入られた娘がどんな人物なのか、普通なら興味が湧くだろうがユーリスは微塵も興味が湧かない。
視線は書類に戻りふと、フローラを思い出してしまう。
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