愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様
六章 人形が出会ったのは、ただの我儘な子供だった。

 タクシーで一時間半くらいで、江の島の海に着いた。
 今回のタクシー代で、母さんの財布の中身は空っぽになった。三万円は、タクシー代と零次と遊ぶ時の費用として使われた。  

 俺にとっての欲しいものは、零次と楽しめる時間だったから。水族館で夕陽を見るあの日までは零次に奢ってもらってたけど、それ以外は零次と割り勘をするか俺が奢るかするようになった。そういうことをするくらい、零次は俺にとって大事な存在になった。

 江の島にいる可能性が一番高いと思ったのは、アイツが絶望していると思ったからだ。
 俺みたいに環境が嫌になって自殺をしようと考えているなら、ここしかないと思った。

 ――いや、違う。

 ここしかないなんて思ってない。
 俺はいちかばちかの賭けをするつもりで、ここに来た。
 零次がここにいない可能性もあったのに、ここに来た。
 だってここは俺達の想い出の場所だから。
 絶望した俺を、零次が見つけて助けてくれた場所だから。
 もし零次が俺に助けられたいと思っているなら、ここにいると思ったんだ。

 ――いた。

 零次は海の前で、寒さに震える子猫のように小さく縮こまっていた。

 父親が怖くて震えているのか? 
 零次のこんな姿、初めて見た。
 これが本当にあの零次なのか?
 俺が今まで見てきた零次とは全然違う。
 零次の底なしの明るさが、全く感じられない。それはまるで、底なしの熱を氷で冷まされたかのように。

「……零次」

 零次の隣にしゃがみ込んで、震えが収まるように、そうっと背中を撫でる。
 俺の存在に気づいた零次は、何も言わないで、ただビクッと肩を震わせた。
 その姿は、父さんに怯えて自分の意志を抑え込んでいた俺にそっくりだった。
「勝手にいなくなってんじゃねえよ。お前がいなくなったら、生きてけねぇよ」
 零次の髪を触りながら言う。

 ――ん?  

 零次の髪は根元から毛先まで全部真っ白だった。
 なんで黒や茶色のところがないんだ?
 まさか、地毛なのか? こいつの髪は、ストレスで白くなったのか?
 俺はそんなことに気づきもしないで、零次との同居を楽しんでいたのか……?
 俺は真実に気づいたのが遅すぎる自分に腹が立って、思わず唇を噛んだ。

 零次はそうっと、俺の手を自分の髪から離した。

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