おもいでにかわるまで
水樹が聖也の家に遊びに来る前日の夜、つまりは昨日の夜、聖也は水樹に電話を掛けていた。今日駅まで迎えに行くと提案したのだが水樹は自分で地図を見るから必要ないと断った。

まじなんのチャレンジなんだか、と聖也は面白かった。その時、昼食にピザをデリバリーするかと聞いたのだけれど、水樹は ‘食べたいです。’と答えた。

その低くてロボットみたいな声にすかさず聖也は、‘それ嘘だろ?’ と笑って聞いた。水樹も笑って、‘ピザはいりません。’と簡単に観念して答えた。だからとりあえず軽く食べられそうな物を聖也は自宅に準備しておいた。

緊張して顔がひきつる。それから聖也は立ち上がり歯を磨いてソファーに座った。

水樹、ほんとに来んのか?と聖也は気を抜けない。それに、やっぱりすみません、な予感もする。

もし来たとしても、本当に自分達は・・・。と、数時間後の二人の姿が想像出来なくて聖也は頭を抱えた。

ピンポーン。チャイムが鳴ったがどうせ宗教の勧誘か、弟達の友達がいきなり遊びに来てピンポン鳴らすやつだろ、とオチが見え過ぎてギャグにもならないと聖也はかっこつけた。

それに聖也の本音では、今日水樹は来ないと踏んでいる。そしてその時自分がどうなってしまうのかそれも想像出来なかった。

聖也がのっそり歩いて壁のモニターを覗くと、ほら、ね、と納得した。それから玄関を出て更には門を開けた。少し強めに吹く春の風が、水樹のスカートさえも揺らしていた。

「迷わなかった?」

「はい・・・。」

「散らかってるけど入ってよ。」

「お邪魔します・・・。」

現実なのか夢なのか、聖也は玄関の扉を閉めるとまだ靴も脱いでいない水樹を消えてしまわないうちに直ぐに抱き締めた。ふうわりとシャンプーの香りが漂い、聖也は切なくてクラクラした。

「シャンプーしたの?いい匂いがする・・・。」

「はい。家を出る前に・・・。」

会って数秒、こんなにも早く魔法にかかる。そして血液が聖也の体にどんどん集まってくる。

「あのっ、苦しいです。」

それでも聖也は無視して水樹をしばらく離さなかった。水樹には信じて貰えないと思うけれど、今聖也にとって必要なものは、何も体だけだというわけではなかった。
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