クールな御曹司は傷心令嬢を溺愛で包む~運命に抗いたかったけど、この最愛婚は想定外です~
ふうと思わず一息ついて逃げ帰った俺に、芽衣子が申し訳なさそうに言った。

「雅己さんがここに来るのを渋った理由がよく解かりました」
「この分じゃさっさと会場に座ってしまった方が安全だな」

と、苦笑いを浮かべて芽衣子の手を握ると、

「もしかして雅己さんじゃありませんか?」

またもや女性の声に話しかけられた。

鮮やかな深紅の着物を着こなした、まだ若いが気品に溢れている女性は、関東に多く拠点を持つマナー講座など生涯学習を主な事業としている企業の社長令嬢だった。

黒髪をハーフアップにしたヘアスタイルがよく似合う日本人離れしたくっきりした顔立ちをしていて、芽衣子とはまた違った趣で和装が似合う美女だ。

「やぁ、明美さん、お久しぶりですね。今日はお祖母様もご一緒でしたか」

と、明美さんの隣に立つグレイヘアーがよく似合う女性にも微笑む。
明美さんの祖母、つまり現会長であるこの女性は、うちと同様に女性経営者として業界で名を馳せているだけでなく、担っている事業から見ても切っても切れない関係にある方だ。
先ほどのご婦人方のような対応はできず、俺は営業スマイルを前面に出す。

明美さんは芽衣子をちらっと一瞥すると、艶然という表現がぴったりの笑顔を浮かべた。

「こんなところで雅己さんにお会いできるなんて、とても嬉しいですわ」
「この前の親睦会でお会いして以来でしょうか」
「ええそうでしたわね。そう言えば、あの時お話した件、覚えていらっしゃいまして?」
「お話?」

しまった、と俺は『親睦会』と言ってしまったことを後悔する。

「ええ。『今度二人きりで食事でも』と交わした件ですわ」
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