溺愛甘雨~魅惑の御曹司は清純な令嬢を愛し満たす~
夕食の店も予想した通り滞りなく入店でき、三ッ星の料理をゆっくり堪能した後はタクシーで歌舞伎座まで向かった。

夏の夕陽を背に照明が灯り始めた歌舞伎座は、初日公演を楽しみにやって来た客達に溢れ、活気づいていた。

「わぁ、楽しみね」

と、嬉しそうに俺の手を握ってくる芽衣子は、夕食の時に酒を少し飲んだせいかほろ酔いだ。
歌舞伎がよほど好きらしい。贔屓にしている役者でもいるのだろうか。
意外にミーハーなところもあるのだな、と芽衣子の新しい魅力を知ったのが嬉しくて、俺は芽衣子の温かい手をしっかりと握り返すと入口をくぐった。

開場時間までには少し余裕があった。
エントランスで芽衣子とおしゃべりをしながら時間をつぶしていたら、ついに俺が危惧していたことが起きた。

「まぁまぁ雅己さんじゃないの! お久しぶりねー!」
「ほんとだわ! こんなところでなんて奇遇ねぇ!」

と、かしましい声に話しかけられたかと思うと、にわかに年配の女性達に囲まれた。

まだ一介の呉服店だった頃から綾部屋を御用達にしてくれているご婦人方で、母とも親しい間柄だった。
中にはご主人がうちの取引先の幹部である奥方もいて、無下にはできなかった。

一方的なマシンガントークの餌食に合ってしばらく拘束されるも、どうにか話の腰を折って逃げ出す。
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