追憶ソルシエール
ちらりと振り返りキャンバスを覗けば、その言葉の通り本当に進んでいなかった。手に持ったペンはふにゃふにゃと宙を描いており、この前の授業終わりに見せてくれた絵から線ひとつも増えていないようにみえる。
「世莉は? どれくらい描いた?」
顔を覗かせる那乃の目の前にキャンバスを広げる。
「これくらい」
「うわ、早すぎるんだけど? いつの間にそんな進んでたわけ?」
「わたしもびっくり」
「眠いとか言ってた割にちゃっかり次で終わらせるつもりじゃん!」
時が過ぎるのは早いもので冬休みまで残り3週間ほど。週に1回ある美術では、この作品さえ完成させれば年明け前の授業時間は自由になると先生からアナウンスされた。それが目的だったわけではないけれど、頭の中を空っぽにしたくて無心で手を動かしていたらかなり進んでいたのだ。
あのときの顔、声、空気、温度、感情。
不思議なことに、禁止されればそのルールを破りたくなるように、考えないようにすればするほど余計思い出す。凌介くんといるときはできるだけ会話をして無の時間を減らした。脳に考える隙を与えなかった。
それでも、ふとした瞬間、浮かび上がってくるから苦労も水の泡のようだ。