あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています


大翔に約束していた土曜日、和花は朝早くに仕事場を訪れた。

「おはようございます」

以前から渡されていた合鍵で中に入ると、死屍累々といった状態だった。
部屋の中はゴチャゴチャだし、アシスタントの二人は仮眠中。なんとか起きている大翔も、ボーッと原稿を見つめていた。

「あ、和花ちゃん」
「はる君、少し寝る? それともコーヒー淹れよっか?」

大翔の顔色を見て、和花は少し休んだ方がいいと判断した。

「コーヒーでお願いします……」
「了解です」

何度かアシスタントをしているから、勝手知ったるキッチンでコーヒーの準備をした。
ペーパードリップだが、香りがたち始めると隣の部屋から佐絵子が出てきた。

「……いい匂い」

佐絵子はスッピンで、しわになったロングTシャツ姿だ。

「佐絵子、泊まってたんだ」
「うん。洗濯とか掃除とかしようと思ったんだけど、漫画読んでたら寝落ちしちゃった」

大きな欠伸をしている佐絵子にもコーヒーが必要だろうと思い、和花はマグカップにたっぷりとコーヒーをいれると佐絵子の前に置いた。

「コーヒーどうぞ」
「ありがと。和花の入れたコーヒー美味しんだよねえ」

ゆっくり口に運びながら、佐絵子はべた褒めだ。

「いつもと同じ豆じゃない」
「なにかが、違うんだよ」

コーヒーの香りに誘われたのか、床に転がっていたアシスタントたちが動き出した。

「おはようございます」
「もう朝か……」

もこもこと床から起き上がって、キッチンへ歩いてくる。

「さ、顔を洗ってきてね。コーヒー飲んで仕事を始めましょう」
「へーい」

ここからは四人で、修羅場に突入だ。
明日の日曜日が締め切りと聞いているが、午前中には入稿しなければ間に合わないという。
和花も頼まれた背景のコマを夢中で仕上げていった。

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