あなたとはお別れしたはずでした ~なのに、いつの間にか妻と呼ばれています


たまたま近くに遊びに来ていた樹が、弟を訪ねてきたらしい。
大翔とは絵のことばかり話しているから、兄弟の情報なんてまったく知らなかった。

樹は弁護士志望で、法科大学院に進む予定だと大翔から聞いた。
『いつまでも僕のことガキ扱いするんだ』と大翔は愚痴っていたが、優しくて頼りがいのある兄だともいう。
初めて会った時に絵を褒めてくれたことや彼の落ち着いた佇まいは、高校生の和花が憧れるには十分だった。
ステキな人だなとは思ったが、和花のことは弟の友人としか見てくれないだろう。

彼に恋しても無理だろうなと、和花は諦めていた。
片思いの気持ちを隠していたが、大翔の家に遊びに行く日は緊張した。

(樹さんに会ったらどうしよう)

高校生の和花から見れば彼は大人で、六歳も年の差があれば日常会話ひとつにも気を遣う。
たぶん読んでいる本も聞いている音楽や興味のあることも違っているはずだ。

「こんにちは」

たまたま会えた時には緊張して震えながら挨拶したくらいだ。
それでも大翔の家で偶然会えた時の嬉しさや、短い時間でもおしゃべりできた時の喜びは和花の気持ちを舞い上がらせた。

和花は『恋しても無理だろうな』と思いながら、いつの間にか本気で好きになっていた。
だから、彼から突然にデートに誘われた時は夢心地だった。

(大翔や佐絵子と一緒に遊園地に行ったっけ)

生まれて初めてのダブルデートに浮かれすぎて、大翔や佐絵子からバカにされたくらいだ。

和花の片思いだと思っていたのに、意外にも樹から交際を申し込んでくれた時は信じられなかった。
第一志望の美大に受かって家族や大翔や佐絵子たちとお祝いをした日の夜になって、彼から連絡があったのだ。

『おめでとう、和花。ふたりだけで合格のお祝いをしよう』




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