脱出ゲーム ~二人の秘密の能力~


『えっ、本当!?』


『うん。七瀬も途中まではあってたんだよ。黒が96、白が46、花が87。この考え方は正しい』


『でも、どうしたら96が54になるの?』


『くろくごじゅうし』


『え?』


呪文のような瀬那の声に思わず聞き返してしまう。


くろ…く?


『聞いたことあるでしょ?くろくごじゅうし。七瀬泣きながら覚えてたじゃない』


『泣きながら…?…あっ、かけ算!』


思い出した。


そういえば、小二の時、かけ算が全然覚えられなくて泣きながら暗唱してたっけ。


瀬那はすぐに覚えてて、それでまた腹が立ってたよね…。


『そっか、黒は9×6で54。白は4×6で24』


『うん、だから花は8×7で56。つまり、暗証番号は56ってこと』


瀬那の言葉に従って金庫に番号を入力する。

すると…。


ガチャリ。


カギの開く爽快な音が金庫から響いた。


『あっ、開いたよ!』


重い金庫の扉を力を込めて開けると、そこには赤いじゅうたんがひかれていて、そしてその上にはさっき飯田さんがこの部屋を開けるのに使っていたのと同じカードが丁寧に置かれていた。


『やった、これでこの部屋から出られる!』


安心と嬉しさで私は飛び跳ねる。


一生ここから出られないかもって思ったけど、良かったぁ。


『にしても奇妙な話ね…』


『え?なんか言った?』


嬉しすぎて瀬那の言葉をよく聞いていなかった。


奇妙…とかなんとか言ってた?


『あ、ううん、何でもない。早く部屋から出て、船を降りて』


『あ、うん』



瀬那の言葉が気になりつつも、私はそう返事をしてから廊下を歩いてカードをドア横の機械にかざす。


するとカードが一瞬光って、ピ、と音がしたと思うと、ガチャリと音を立てて無事にカギが開いた。


カギが開く音がこんなにもホッとするなんて生まれて初めてかも。


『一応、犯人がいるかどうか注意してドアを開けて』


『分かった』


静かに、そしてゆっくりとドアを開けて、そのすき間から顔をのぞかせる。


さっきまでとはなんだか違うような空気が漂ってきた。


緊張感、あるよね。

うん、犯人はいなさそう。


周りを見回してもシンとしていて、誰もいなかったので、そのまま廊下に出た。


『七瀬、廊下の端に非常用階段があるはずだからそこから降りて』


『…ん?なんで瀬那そんなこと知ってるの?』


瀬那はこの船に来たことないはずだけど…。


ていうか、来た私でさえも知らなかったんだけど…。


『さっき脱出出口がないか確認するために船の地図を入手したから』


『なるほど。さっすが瀬那!』


そんな会話をしながら長い廊下を進む。


本当に、ひっろいよね。


この船。


これじゃ犯人も迷っちゃいそうだよ。


『…あっ、端が見えてきた…ってウソでしょ⁉』


目の前に広がる光景を目にして、その衝撃から私はその場に座り込んだ。


『七瀬?どうしたの?』


『どうしよう、瀬那。階段の前にあるドアが閉まってる。これって…』


『あっ…』


その言葉の先を想像した瀬那が珍しく焦る声をあげた。


『も、もしかしたら船員さんが閉めたのかもよ!開けてみなって』


非常用階段。


緑のマークが書かれたドアに手を掛けて力を込めてみる。

けど…。


『…開かないよ』


押しても引いてもドアはびくともしない。


これはもう、どう考えても絶対に開かない。


さっきの部屋とは違ってここの扉はカギ穴に差し込んで開けるタイプみたいだし…。


『どうしよう、瀬那!閉じ込められちゃったよ!?』


『どうやら犯人のほうが一枚上手だったようね』


パニックになりかける私に、瀬那が冷静に言葉にした。


『それってどういうこと?』


『例え逃げ遅れた人がいたとしても、閉じ込めてしまえば自分たちの計画の邪魔にはならない。…まあ、その計画が何なのかは分からないんだけどね』


『ちょっと、じゃあ私ここから出られないってこと?』


『そうなるね。でもね、七瀬。一つだけいい情報があるよ。それは犯人がこの階に来る可能性は低いってこと。ここを密室状態にするってことは計画に関係ないってことだもん。…ふふっ』


『瀬那、他人事だと思ってるでしょ?』


笑いを抑えながら言うなんて、ふざけた様子でしかない。


姉がこんなにも大変な状況にいるっていうのに!


…って、あれ?


『七瀬?』


『へ?あ、うん。なんか声が聞こえた気がして』



こういう時、テレパシーの悪いところが分かる。電話とは違って本人同士の会話しかできないんだもん。


『そうなの?』


と、その時。


今度はなにか物音がした。


音は、非常ドアとは反対方向から聞こえる。


『うん。あ、もしかして私と同じで取り残された人がいるんじゃ!』


『ちょっと、七瀬!?あんまり無茶しないでよ?その物音が犯人だって可能性もあるんだから』


瀬那の声を無視して、私は廊下を走る。


この辺から音がしたような…。



音の正体を追ってると、いつの間にか閉じ込められていた部屋の前まで戻ってきてた。


どこだろう…。


と、次は。


ドンッツ、ガンッ!


さっきよりも大きく、明らかに誰かがいる物音が響いた。


もしかして…この部屋?


それは私がいたスイートルームのちょうど向かい側の部屋だった。


「あれ、この部屋もスイートルーム?」



隣とのドアの間隔が他の部屋に比べて明らかに広い。



ドアの装飾も私のいたスイートルームとそっくりだ。



そういえばこの船にはスイートルームが二つあるって飯田さんが言ってたっけ。



ていうか、飯田さんはどうしたんだろう…。


なんかあわただしかったし、きっと私のことも忘れて避難しちゃったんだろうなぁ。


ため息をひとつ。



『七瀬、聞いてた?』


突然頭の中に瀬那の声が入ってきてびっくりする。


『えっ、ごめん、何も聞いてなかった』


『はぁ…。全く。七瀬の聞いた音が犯人のだって可能性もあるんだよ?』


『でもさっき瀬那、犯人がこの階に来る可能性は低いって言ってたじゃん』


『それはそうだけど…』


『大丈夫だって。確認してみるだけ。それにきっとまたカギがかかってるよ』



私は瀬那にそう伝えながらドアノブに手を掛ける。


その扉は固く閉ざされ…ってあれ?


『ドアが開く!』

『え』


これまでから見ると絶対にカギがかかってると思ったのに…。


でも、これで中に入れるし!


私は一応警戒しながらゆっくりドアを開けて中に入る。



「あれ、だれもいない…?」


ドアを開けて暗い廊下を進むと、ソファやテレビの並ぶ部屋にたどりついた。


部屋の構造は私のいたスイートルームと全く同じだった。


でも、そこには誰もいない。



もしかして、この部屋じゃなかったのかな?


でも、なんというかこの部屋生活感がある気が…。


私のいた部屋は全体的に整えられていたけど、この部屋はテレビのリモコンの配置からソファのクッション、ダイニングチェアーまでちょっと動かされてて誰かがいたような感じがする。


この部屋は電気までつけられてるし…。


そう首を傾げた時だった。


ドンッ!


また大きな物音が部屋中に響いた。


予想外の音に驚いて、肩がビクッと一瞬震える。


やっぱり誰かいる!


音が聞こえたのって…この部屋?


私の視線の先には一つの木製ドアがあった。


構造的に確かこの部屋は寝室だよね…?


「…ん?なにこれ?」


ドアを見て、私は思わずそんな声を上げた。


そこにはなぜかシンプルなカレンダーが飾られていた。


「なんで?」


普通、こんなところにカレンダーなんて飾る?


しかも、日付じゃなくて年のところに丸とバツがでっかく書き込まれてるし…。


そう疑問に思いながらドアに手をかけて気がついた。


あぁ!


『瀬那、またカギがかかってる!』


『また…?』



そう、ドアのにはやはりカギがかかっていた。


しかも、次はカードじゃなくて四桁の暗証番号を入れるタイプ!


ドアのフチのところに小さな機械があって、ボタンがついてるもん。


『これ、適当に番号入れていけば当たるかな?』


『当たるかもしれないけど、一万通りもあるんだから信じられないくらい時間がかかる。現実的な案ではないね』


『い、いちまん!?』


想像以上…!


そんなにあるんだ。


百個くらいかと思ってた。


『さっきみたいに何か暗号とか、手掛かりになりそうなものは無いの?』


『うーん…ないと思うけど』


一応周辺を見回しながら答える。


これといってめぼしいものは何もない。


『あ、でもドアのとこに変なカレンダーならあるよ』


『変なカレンダー?』


怪訝そうに瀬那が聞いてくる。


『うん、令和二年って書いてる上に丸とバツが書かれてるの』


『…もしかして、それが暗号でその答えがカギの暗証番号なんじゃない?』


『あっ…』


それなら確かに納得できる。



でもこの暗号、一体どういうことなの?



『令和二年の上に丸とバツがあるってことは令和二年は丸であって、バツでもあるってことよね』


瀬那がそれとなく言う。


丸ってことは、普通に考えると正解。

バツはその逆で不正解。


『令和二年ではあるけど、令和二年じゃないってこと?』


そこまで考えたところで、ビビッと頭に電気が流れたように何かがつながった。


『分かった!令和二年であり、そうではない。それってつまり二〇二〇年ってことなんだよ!』


『あっ、ちょっと、答え言わないでよね!私も考えてたのに…』


またもや不機嫌そうに瀬那が言う。


でも私の頭の中には問題を解けたすっきり感だけが存在してた。


『えへへ、ごめんごめん』


二〇二〇をボタンを押して入力する。

するとすぐにカギが開く音が響いた。



『七瀬、一応気を付けて入ってね』


『分かってるよ』


念を押してくる瀬那の言葉に適当に答えながら、ゆっくりとドアノブを回して扉を開ける。
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