水もしたたる善い神様 ~沈丁花の記憶~




 懐かし声。
 ずっと聞きたかった、何百年も恋焦がれた左京の声がレッドムーンの光りが落ちる夜道に響いた。
 それを聞いた瞬間に、涙が零れそうになるのを紅月はグッと我慢した。
 ここで、左京の事を覚えているとバレてしまえば、全てが台無しになる。左京に心配をかけたくない。無視しなければいけない。
 けれど、自分の命はあと少し。魂ごと食われてしまえば、存在も記憶もなくなってしまう。左京の事も忘れてしまうのだ。
 だから、きっとこれは神様がくれた最後の贈り物なのだ。残された短い時間だけ、左京と過ごせる時間をくださったのだ。

 だから、こそ思い切って彼の声に返事をした。
 けれど、あなたと初めてあったように演技をしながら。嘘をつき続けながら。

 彼に嘘をついてしまうのは心苦しかったけれど、それ以上にとても幸せだった。
 左京に会いたくてしかたがない数百年を過ごしてきたのだ。最後に話しを出来て、ぬくもりも感じられて、そして、彼と結婚まで出来たのだ。これ以上に何を望むというのだろう。

 
 1つだけ、神様にお願いをするならば。
 願わくは、左京様がずっと人間に慕われる神様でいて欲しい。
 ただ、それだけだった。






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