悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

許容

 王立学園は、土日が休みになっている。
 お茶会は明後日の土曜日なので、日曜日は孤児院に行くことにした。先程、エルマに明日はハルティ商会へ行って、ドミニク達への土産と孤児院へのお菓子を買うよう頼んでいる。こちらの孤児院では、領地のように孤児を『育てる』気はないのでお菓子や寄付だけで十分だ。
 夜着姿になり、学生寮の寝台に座ったアデライトに、宙に浮いたノヴァーリスが声をかけてくる。

「クラス委員長って、忙しくないのかい?」
「いえ、全然……リカルドはもっともらしいことを言っていましたが、毎日の始業と終業の時、あと移動教室の時の声かけくらいで……だからむしろ、生徒会に入ったリカルドの手伝いの方が呼び出されますかね。まあ、それも学校行事がある時くらいですけど」
「行事って?」
「新入生歓迎会と文化祭、あと卒業式ですかね……新入生歓迎会は五月なので、おそらく来週くらいから声がかかると思います」
「またサブリナがうるさそうだね」
「でしょうね」

 ノヴァーリスの言葉に、アデライトは頷いた。
 おそらく、いや絶対に今日のように周囲の目を気にせず喚くだろう。そしてリカルドが特に庇わず、放置している今回はサブリナの評価は下がるばかりだろう。
 ……そこまで考えたところで、アデライトは今更ながらに気づいた。

「でも彼女はリカルドのことが好きだから、あそこまでなりふり構わないんでしょうね」
「……おそらくね」
「そして、私は……彼のことを何とも思っていなかったから、言われるまま遠ざけられても逆らわなかったんです」

 そう思うと自分のことを何とも思っていないアデライトよりも、好意を示すサブリナの方をリカルドが好きになるのは当然だ――そうなると巻き戻った自分の復讐は、理不尽な逆恨みになるのだろうか?

(もっとも、だからって復讐を止める気はないけれど)

 浮かんだ疑問に結論付けたアデライトに、ノヴァーリスが珍しく反論する。

「そもそも、虐げてくる相手を好きになるのは難しい。挙句の果てに冤罪で、父親共々斬首するなんてありえないよ」
「ノヴァーリス……」
「サブリナが好きになったのなら、あるいはそもそも親から決められた婚約が嫌なら、断るべきだった……私は、そう思う」

 そこで一旦、言葉を切ってノヴァーリスは気遣うようにアデライトを見て尋ねた。

「君がこれからやろうとしていることは、好きでも何でもない男に……いや、復讐したいくらいに憎い相手に愛されることだ。そのことに、君は耐えられるかい?」
「ええ。復讐する為なら、出来る限り何だってします」

 ノヴァーリスが、復讐心ごとアデライトを受け入れてくれることが嬉しくて、アデライトはキッパリと答えた。
 そんな彼女に、軽く目を見張り――次いで、紫色の瞳を細めるとノヴァーリスは言った。

「ねぇ、口づけていい?」
「え……?」
「君の初めてを、あんな馬鹿に渡したくない……奪って、いいかな?」
「……ノヴァーリス? むしろ、初めての口づけを貰ってくれませんか?」

 恋ではないかもしれない。
 けれど、誰よりも心を許している神からの申し出に、アデライトはそう答えて目を閉じた。
 ……そんな彼女の唇に、ひんやりとした唇が重なった。
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