悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

歩寄

 熱は下がったが、翌日もアデライトは大事を取って寝台で過ごすことになった。
 朝食を食べて、主治医の検診を受ける。相変わらず、誰もノヴァーリスには気づかない。けれど着替えなどの時、彼が律義に部屋を出てくれるのが少し面白かった。
 そして診察の後、父のウィリアムが顔を出してくれた。嬉しいが、まだ昼前だと気づいてつい尋ねていた。

「……お仕事は?」
「お前が倒れたのに、一人に出来る訳がないだろう?」
「ごめ……」

 咄嗟に謝ろうとしたが、思い留まる。これでは、一回目と同じになってしまう。

(そう……お母様が亡くなった後、私はお父様に迷惑をかけないように……甘えず、我慢して。そうしたら、殿下の婚約者になってしまった)

 だが今回は絶対、婚約者になることを阻止したい。更に、殺されてしまう父を守りたい。

(……その為には)

 心配をかけたくないし復讐に巻き込みたくもないので、父親に(ノヴァーリス)の力でアデライトが逆行したことも、未来で起こることも話すつもりはない。しかし、それ以外なら何だってやる。
 そう自分に言い聞かせて、アデライトは口を開いた。

「ありがとう、お父様」
「アデライト?」

 謝罪ではなくお礼を言ったアデライトに、ウィリアムが戸惑ったような声を上げた。父親として、普段の甘え下手なアデライトを知っているからだろう。
 しかし、今なら――母が亡くなった今なら、多少いつもと違っても不自然ではない筈だ。

「私も……お父様と、離れたくない。お仕事、どうしても行かないと駄目?」
「……アデライト」
「領地に行きたい……お母様が好きだった、領地の別邸でお父様と暮らしたいの……」

 ……言いながら、アデライトの瞳から涙が零れ落ちた。
 狙った訳ではない。けれど今、口にしたのは一回目のアデライトが言えなかった本心だったからだ。

(普通の貴族は、社交シーズンだけ王都に来るけれど……我が家は、お父様が財務大臣だったから王都で暮らしていた。そんな私を時たま、お母様は領地に連れていってくれた。薔薇園を散歩したり、刺繍を教えてくれたりした)

 滞在は年に一度、一週間くらいだったがアデライトは母娘水入らずで過ごせる時間が大好きだった。
 父と王宮との距離を置きたいの本心だが、父と過ごしたいのも本心だ。しかし真面目な父が大臣の地位を降りて、領地に戻ってくれるだろうか?
 祈るように縋るように、アデライトは涙に濡れた青い瞳で父・ウィリアムを見上げた。

「解った……お前と一緒にいたいのは、私も同じだ。少し引き継ぎの時間は貰うが、これからは領地で暮らそう」
「お父様……!」

 一回目ではなかった選択に、嬉しさのあまり飛び起きて抱き着こうとしたが――本調子ではなくふらついたアデライトを、ウィリアムは慌てて抱きしめて頭や背中を撫でてくれた。



「君の復讐は、幸せに過ごすことなの?」

 父が部屋を後にし、二人きりになったところでノヴァーリスが尋ねてきた。確かに、先程のやり取りを見ていればそう思われるかもしれない。
 だから、にっこり笑ってアデライトは答えた。

「いいえ? 私の復讐は、皆が不幸になることですわ」
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