今宵も甘く咲く ~愛蜜の贄人形~
クリスマスの夜のことも。叶の思惑がどうであれ、時雨に真意を問うつもりはなかった。

確かに彼にも抱かれたのだけれど。あれは儀式のようなものだったと思うから。時雨の感情もあたしの感傷も必要ない、そういうものだと。

肩の荷をいったん棚の上に預けた心境で、紅茶のおかわりまで尋ねると、時雨は早口でなにか言った。訊き返せば「耳貸せ」と素っ気なく。小ぶりな円卓越しに、あたしは少し前のめりになる。

「あのな」

不意打ちだった。腕が伸ばされて頭の後ろを掴まえられた。寄せられた顔に驚いて声を上げる間もない。いきなり唇が塞がれ、舌にこじ開けられた。あっという間に口の中が埋め尽くされ、頭では駄目だと拒んでるのに、慣らされた官能にどんどん呑みこまれていく。叶より強引。・・・だけれど。

「・・・素直な女だな」

ようやく解放されて、まだ間近にある彼の口許にうっすら笑みが滲んだ。そしてさっきよりはソフトにまた奪われ。さすがに身を捩って抵抗すれば、今度は呆気なく離した。

「叶がいないからって好きにしないで・・・!」

何だかごちゃ混ぜの感情が湧いて出る。時雨を怒りたかったのか、自分でもよく分からない。
 
「叶がいてもいなくても好きにする」

「・・・?!」

「もう俺とスズは切っても切れねー関係(なか)なんだってこと、しっかり憶えとけ」

最後は随分と真っ直ぐにあたしを見据えていた。

じゃあな、とあっさり出て行く時雨の背中を、ただ見送るしか出来なかった。叶が戻ったらどう話せば。

大きく溜息を零し、冷め切った紅茶を飲み干したのだった。



 
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