「槙野だったら、何味にする?」
あの日以来、涼太に会うのは今日が初めてだ。特に用事も無かったし、もともとお互い頻繁に連絡するタイプじゃなかったし、それに関しては全然気にはならなかった。ただ、顔を合わせることは若干緊張した。
でも、涼太は何事も無かったように振る舞った。僕もそうしたし、別に掘り返そうとも思わない。涼太がそれでいいならそのままで構わない。

始業式。全校生徒が集まる体育館は地獄のように暑い。

頭がボーッとする。まだ夏休みが終わっていいような気温じゃない。校長のスピーチも恐ろしく長い。真面目に聞いている人がいるのなら、表彰状を授与して讃えたい。

僕は頭の中で、ヤヨちゃんとの夏休みのことを思い出している。黒いお花模様のワンピースに映える白い肌。僕の為…というか、ちょっと外に出る為だけに編み込んだフィッシュボーン。ヤヨちゃんが作ってくれたカツサンドは人生で一番美味しかった。シャワーの後のふわふわの髪の毛も、ピンクのルームウェアも本当に可愛かった。

「槙野、キス、したことある?」

ヤヨちゃんの声が突然脳裏をよぎる。僕は下を向いて軽く首を振る。頬が熱い。気温が高い。早く教室に戻りたい。背の順に並んだ列からは、ヤヨちゃんの姿は見えない。涼太からははっきり見えている。せめて僕からもヤヨちゃんが見えていれば…。どうでもいいスピーチももう少し楽しめたのに。
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