Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
そのまま流れで、他のお店をいくつか見て回ったけれど。
結局は特に何かを買うこともなく、わたしたちは帰路についた。
視野の広い甲斐田くんが、なぎ高の人たちに気づいていなかったとは、あまり思えない。
それなのに、一切触れてこない……。
完全に不信感を抱かれている気がする。
有沙と一緒に多々良くんの名前をあげてたのも、聞かれていた可能性が高いのに。
……どうしよう。
多々良くんと飛鷹が、……同一人物だったと、して。
ふたりきりで会ってることを知られたら。
どうなっちゃうんだろう。
ほとんどが妄想からなる不安。
歩いている間、ずっとハラハラとしていたせいで、
「平石さん。これ、あげる」
家の前に着くなり、甲斐田くんが動いてビクリとした。
でも、ふたつぶら下げていた紙袋の内のひとつを、ただこちらへと差し出されただけで……。
わたしは豆鉄砲を食らったように、瞬く。
「今日のお礼、ってことで。妹と使いな?」
「え……え?」
「ほら、濡れるから。はやく」
半ば強引に持たせてくれたその中身は、……きっと、わたしが手に取っていた髪留め。
……まさか、わたしのために買ってくれていた、だなんて。
少し遅れて、甲斐田くんの優しさに打たれた胸が、じりじりと熱くなる。
「距離を縮めるきっかけにでも」
「……ありが、とう」
「どーいたしまして」
わたしに向けられた、気さくな笑顔。
その前を遮るように、傘を伝った雨粒たちが、落ちていく。
「あとさ」
急に声のトーンを落とした彼をもう一度見ると、そこにはもう、笑顔はなかった。
「おれは怜也くんに頼まれてこの役を買ってるわけだけど。ちゃんと……味方だと思ってくれていいから」
「……へ、?」
「頼る相手が必要になったときには、思い出して」
その言葉の趣旨を、きちんと確認する前に。
甲斐田くんは、「じゃーな」と言って、歩き出してしまった。