Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-



そのまま流れで、他のお店をいくつか見て回ったけれど。

結局は特に何かを買うこともなく、わたしたちは帰路についた。


視野の広い甲斐田くんが、なぎ高の人たちに気づいていなかったとは、あまり思えない。

それなのに、一切触れてこない……。

完全に不信感を抱かれている気がする。

有沙と一緒に多々良くんの名前をあげてたのも、聞かれていた可能性が高いのに。


……どうしよう。

多々良くんと飛鷹が、……同一人物だったと、して。

ふたりきりで会ってることを知られたら。

どうなっちゃうんだろう。



ほとんどが妄想からなる不安。

歩いている間、ずっとハラハラとしていたせいで、



「平石さん。これ、あげる」



家の前に着くなり、甲斐田くんが動いてビクリとした。

でも、ふたつぶら下げていた紙袋の内のひとつを、ただこちらへと差し出されただけで……。

わたしは豆鉄砲を食らったように、瞬く。



「今日のお礼、ってことで。妹と使いな?」

「え……え?」

「ほら、濡れるから。はやく」



半ば強引に持たせてくれたその中身は、……きっと、わたしが手に取っていた髪留め。


……まさか、わたしのために買ってくれていた、だなんて。

少し遅れて、甲斐田くんの優しさに打たれた胸が、じりじりと熱くなる。



「距離を縮めるきっかけにでも」

「……ありが、とう」

「どーいたしまして」



わたしに向けられた、気さくな笑顔。

その前を遮るように、傘を伝った雨粒たちが、落ちていく。



「あとさ」



急に声のトーンを落とした彼をもう一度見ると、そこにはもう、笑顔はなかった。



「おれは怜也くんに頼まれてこの役を買ってるわけだけど。ちゃんと……味方だと思ってくれていいから」

「……へ、?」

「頼る相手が必要になったときには、思い出して」



その言葉の趣旨を、きちんと確認する前に。

甲斐田くんは、「じゃーな」と言って、歩き出してしまった。


< 127 / 182 >

この作品をシェア

pagetop