Ephemeral Trap -冷徹総長と秘めやかな夜-
「別に謝ることじゃねぇよ」
彼はスマホに視線を落とし、なにかを打ちながらさらりと言った。
……誰かと連絡をとっているみたいだ。
隠れて様子を見ていたことなんてすっかり忘れて、その伏し目がちの横顔をぼうっと眺めていると、
「その制服、聡学だろ」
彼がぱっと顔を上げた。
目が合って、反射的に視線を逸らしてしまう。
……しまった……。
またやっちゃった。
そろそろ慣れようよ……、わたし。
どこからどう見ても彼を意識してます、という自分の態度に、頭を抱えたくなる。
「……はい……。そうです」
「あの男もそれには気づいてるだろーな。……もしくは、聡学の生徒だからって理由だったかもしれねぇ」
わたしの不自然な態度なんてちっとも気にしていないように、彼は続けた。
聡学──正式には、聡架学院高等学校。
わたしの通っている学校の名前で、……このあたりではそこそこ有名、だったりする。
例えば、偏差値がすごく高いとか、制服が特別可愛いとか……そういうことではなくて。
──十数年前に西区と東区が合併されたことをきっかけに、元々区分けされていたが故の揉めごとが多い中央区は、治安があまりよくないと言われている。
そんな中央区にある学校の中でも、ここ数年、聡架学院は他校の生徒との問題ごとがほとんど起こらず。
安心して通わせられる、と保護者からの評判が高くなったことが、知名度のある大きな理由になっているんだ。