聖女じゃないと見捨てておいて今さら助けてとか無理なので、どうぞ放っておいてください!

 気がつくと、空一面に覆う黒い霧と、生い茂る葉っぱ。
 どこをどう見てもキャンプ場ではなく、異世界ファンタジーに出てくる森の中にいた。

 ……夢かと思っていたのに、異世界転移なんて……展開が急すぎてついていけない。

 それも役立たずだからって捨てるって……カズヤもキリカも見ていたのに止めないとかある!?

 ファンタジー小説や漫画じゃあるまいし。

 だいたい、抗議してくれた神官は、赤の他人。身内は抗議はもちろん、引き止めようともしてくれなかったし。
 そもそもあの神官が切りつけられるなんて設定がヘビーすぎ……そこまで考えて私ははっとする。そうだ、人が切りつけられてた!

 慌てて起き上がると、辺りは暗いはずなのに、少し離れた所に血だらけで横たわっている神官服の男の人が見えた。

 夢じゃなかった。本当に切られたんだ!

「だ、大丈夫ですか?」

 私が慌てて駆け寄るけれど、男の人から返事はなく、真っ青な顔で倒れている。
 どうしよう。とりあえず止血……。

 体を動かして胸の傷口を見ようとして、私は思わず口を押さえた。
 助からない。素人の私が見てももう助かる傷じゃない。中身が見えていて、吐きそうになるのをぐっと抑える。もう、止血して包帯とかいうレベルじゃないのだ。

 どうしよう。私を助けようとしたせいで死んじゃうなんて、不条理すぎる。
 もしこれがファンタジー小説の世界なら、きっとすごいスキルを持っていて、彼を治せるはず。

「ステータスオープン!」

 ファンタジー小説のよくあるそれを唱えてみれば、うぃぃぃん、と変な音を立ててステータス画面が開かれる。よかった。できた。

 癒やしとか回復の能力があったりしない? でないとこの人死んじゃう。

 私は自分のステータスを見る。ここの世界の平均値なんて知らないけれど、全部十未満とか、これはさすがに雑魚(ざこ)すぎる。
 こ、こうなったら魔法と職業に懸けるしかない。

 なんとか回復魔法がありますようにと、ポチポチ押してステータスを見るけれど、残念ながら魔法も職業も真っ白で空欄だった。くっ。無能と捨てられるわけだ。

 あきらめかけた時、ふとスキルの項目に目が留まる。
【『指定』 指定することができる】とだけ表示されていた。

『指定』? なにこれ? どういうこと? これでなにができるの? 落ち着け自分。
 もう時間がない。この人、まだかろうじて息はある。なんとかしないと。もうダメもとでやってみるしかない。私は目の前にでてきたステータス画面を選択してスキル『指定』を使用する。

 そして『指定』のターゲットを男性に合わせると──。


【セルヴァ・ランバイン を治療しますか?】
 《はい》《いいえ》

 質問が表示される。
 治せる、まさか治せるの!? 

 私は慌てて「はい」のボタンを押す。

 ぱぁぁぁぁぁぁぁ。

 男性の体が光り輝く。そして、その光はすぐに収まった。
 恐る恐る男性を覗(のぞ)き込むと、血塗られて破れていた服はすっかりもと通りになっていた。
 服に血の跡も残っていない。私が慌てて胸に耳をつけると、鼓動が聞こえる。

 よかった。生きてる!

 ちょっとだけ洋服をめくって見てみると、傷はもうそこにはない。
 よかった、私を守ってくれたのに死んじゃったら悔やんでも悔やみきれない。

 それにしても、あの傷を回復しちゃうなんてすごい……もしかしてこの『指定』のスキルって……。よくわからないけど、もしかしたら神スキル……?

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