お見合い婚で一途な愛を ~身代わり妻のはずが、御曹司の溺愛が止まりません!~
「…そうよ、あんたが消えれば、いなくなってしまえばいいのよ。私の邪魔をするやつなんか……!」

松下さんは落ち着いたような声色でそういうなり、私に掴みかかってくる。
鬼気迫る勢いの松下さんに気圧されて、ろくに抵抗もできないまま、階段すれすれまで追い詰められいく。
咄嗟に手すりを掴むものの、すべすべしたそれと手汗をかいた手とは相性が悪い。
言っても、十段もないくらいだ。けれど、階段から落ちて痛くないわけがない。

そして、松下さんは私の肩を押した。
きゅうっと目を瞑り、歯を食いしばって衝撃に備える。
けれどいくら経っても、体には痛みも衝撃も感じない。
その理由は、耳元で聞こえる荒い呼吸と、聞きなれた大好きな人の声で分かる。

「…大丈夫か、翠」

「っ…こうたろうさん……」

松下さんを怒らせたのは私なのに、感じていた恐怖が守られたことへの安堵感に変わった時、瞳に涙が溜まる。
震える声で縋るように彼の名前を呼び、顔を上げれば、額に汗を滲ませ、怒りに震えるような表情の航太郎さんがじっと前を見ていた。
彼の視線の先には当然のごとく松下さんがいて、彼女は青ざめた顔で怯えるようにこちらを見ている。

「み、三間…くん」

松下さんが航太郎さんの呼び方を変える。
いや、こっちが本当なのだろう。
航太郎さんは私が自力で立ったのを確認すると、ひとりで松下さんの元へ歩いていく。

「ここで何をしている。松下」

「ち、違うわ、私はその、葦原さんと仲良くなりたく…て…」

「仲良くなりたくてなぜ翠が階段から落ちそうになる?」

「それ、は、彼女が勝手に……!」

松下さんは航太郎さんに詰め寄られ、聞いたこともないのだろう低く冷たい声を浴びせられて、完全に怖気付いていた。
さっきまでの勢いなどとうに冷め、目の前にいる、自分の理想とは違う男に怯えているのが見てとれた。
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