ふたりきりなら、全部、ぜんぶ。



「そんなかわいー顔、他の男の前ですんなよ、むぎ」

「ほんとだよ。むぎのことあきらめるって決めたけど、気持ち揺らぐじゃん」


「そこはスパッとあきらめろよ」

「きっついなぁ」


なんて、ますます顔をゆがめる渚に、ヤレヤレとため息をつく朝日くん。


「ま、いいや。むぎ」


「うん」


「変わるきっかけをくれて、ありがとう。
感謝してる」


「私も。朝日くんの一言には救われた」


「それはちがう」


「え?」


「むぎが変わったのは、ぜんぶ、ぜんぶ久遠のおかげだよ」


「朝日く……」


「いくらおれがむぎの体質のこと理解してるって言っても、まだ出会ってまもないおれの言葉はたぶんそこまでだと思う。紛れもなく、むぎを変えたのは久遠だし、むぎが体質を克服できたのはぜんぶ久遠のおかげ。おれじゃない」


「朝日くん……」


目が熱くなって、慌てて袖で拭う。

今は泣くところじゃない。


朝日くんとちゃんと向き合う時間。


「あーあ……なんだこのバカップル。
おれ、めちゃくちゃ振り回されたんですけど」


「おまえが言うな、おまえが」


この鈍感無自覚女キラーが。

もう不機嫌な顔はどこへやら。


どこかあきらめたように、ため息をつく渚。


さっき朝日くんも同じようにため息ついてたし、やっぱりふたり、似てるかもしれない。


「久遠」

「なんだよ」


「おれを振り回したお詫びにちょっと頼みたいことがあるんだけど」


「だからそれ、おまえがいうの?」


はあ?と言わんばかりの渚に、朝日くんはニヤリと笑う。


「前々からちょっと思ってたことなんだよね。
けど、今はまじで人探してるから、ほんとに」


「なんの話?」


「むぎ」


「な、なに?」


「最後にいじわる、許してね」
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