すべてが始まる夜に
こんなのキスじゃない
今週は一週間が早かったな──。
金曜日の夕方、定時で仕事を終えた私は急いで駅に向かって歩いていた。

今週は部長との打ち合わせがあったり、急に出張が決まったせいか、業務的にはそんなに忙しかったわけでもないのに、いつもよりも一週間が終わるのがとても早かった。ただ、身体は疲れていないけれど、精神的には疲れた気がする。

今日はお気に入りのローズオイルをお風呂に入れてゆっくりお湯にでも浸かろうかな。

平日はシャワーだけで済ませることが多いけれど、週末はいろんなバスソルトやオイルをお風呂の中に入れてバスタイムを楽しんでいる。それだけでも疲れが取れたような気持ちになってくるので不思議だ。

仕事帰りのサラリーマンが同じように駅に向かう中、私も神田駅に到着してホームにあがると、ちょうどタイミングよく山手線が入ってきた。そのまま乗車してドア付近に立つ。

神田から上野まではたったの6分だ。通勤時間というものが徒歩を入れても30分もかからないので本当にありがたい。あっという間に上野駅に到着し、私は電車を降りて改札口に向かった。

「あっ!」

改札口を出るところで偶然にも松永部長の姿を発見して、私は急いでその後を追いかけた。やっと追いついたところで、横から「お疲れさまです」と声をかけると、部長は「おおっ」と驚いたような表情を向けた。

「お疲れ」

「なんか同じ電車だったみたいですね。全然気づきませんでした」

「そうだな。俺も気づかなかったよ」

「部長、私が会社出るときまだフロアにいらっしゃいましたけど、ほんとに定時で帰れたんですね。仕事、大丈夫でした?」

今週も会議や打ち合わせ、資料作成と忙しく仕事をしていた部長だ。お鍋を返してもらうという約束をしたばっかりに、仕事を切り上げて早く帰ってもらったのではないかと勘ぐってしまう。
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