すべてが始まる夜に
「部長、ここがあの写真の建物、ですよね?」

「だよな、白石もそう思うよな。俺も開発企画部からの資料を見た時には最初分からなかったからな」

「なんか、私がイメージしていたのと全然違う……」

「あの写真とはイメージが違うだろ? やっぱりさ、俺たちの仕事って現場を見ることも必要だと思うんだよな。こういう既存の建物を使う時は特にな」

ニコッと微笑む部長に、大きく頷く。
本当にそうだ。こうしてこの場所を見ることがなかったら、私はもらった資料をもとに自分のイメージだけでカフェを提案しようとしていた。外装は現状のままでというオーナーとの契約から外看板だけを新しく取り付けて、内装ばかりに力を入れようとしていた。

だけど実際にこうして現場を目にすると、この外観だけではカフェと言われても分からないし、何よりも入りづらい。打ちっぱなしのコンクリートの外壁のせいで、中のカフェの様子が全く見えないのだ。

これはもう一度最初から考え直さないといけないな──と考えていると、「白石、とりあえず中にはいるぞ」と部長が入り口の方を指さした。

「この中って、入れるんですか?」

「ああ、オーナーに連絡して見せてもらえるようにお願いしておいたんだ。オーナーが中にいるはずだから」

本来なら出張が決まった時点で私がオーナーに交渉して手配するべきことだったはずなのに、今の今まで気づかない私に注意することもせず、こんな風に部長自ら手配してくれて、申し訳なく思ってしまう。

同時に吉村くんが部長のことを称賛していたことを思い出し、私も改めて部長を尊敬の眼差しで見つめた。

奥まった入り口のドアを開け、「すみません、失礼します。エムズコーポレーションの松永です」と部長が声をかける。すると、奥から赤いエプロンをした笑顔いっぱいの可愛らしい70代くらいの女性が出てきた。

「あらー松永くん、お久しぶり。元気にしてた? 今日は朝からあなたに会えるのを楽しみに待ってたのよ。偉くなって東京に行っちゃって……。もう会えないと思ってたから電話もらった時は嬉しかったわ」

その女性が本当に嬉しそうに部長の手を握りながら笑顔を向けている。

如月(きらさぎ)さん、お久しぶりです。今日は無理を言ってすみません。僕もここがうちの新店舗予定地と聞いてびっくりしましたよ」

「そうなのよ。実は以前からこの建物をカフェとして利用させてくれないかっていう問い合わせは結構受けていてね。とりあえずコーヒー淹れるから中に入って座ってちょうだい」

如月さんがくるりと後ろを振り返り、すたすたと中へ歩いていく。
私たちもその後ろに続いて歩いていき、「こちらへどうぞ」とカウンター席に案内された。
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