すべてが始まる夜に
「いえ、あの、どうやったらフードが美味しそうに見えるかなって考えてて」

「そんなすぐにはなかなかいいアイデアは浮かばないよな」

部長がやっとプリンをスプーンで掬って口に入れる。

「うぉっ、旨っ。味が濃くて昔ながらのプリンだ」

嬉しそうな顔をして、すぐにふた口目を口に運ぶ。

「これは白石が絶賛していただけあるな」

「そうなんですよ。私、ここのプリンが一番好きなんです」

私も自分の目の前のプリンを掬って口に入れた。
焦がしたカラメルの苦さのが感じられたあと、すぐに濃くて甘いプリンの味が口の中に広がる。

「この間のケーキ屋のプリンも旨いと思ったけど、俺もここのプリンの方が好きだな」

この間のケーキ屋のプリン──。

その言葉から、私の頭の中にあの日の夜の出来事が浮かびあがってきた。
タイミングよく口の中に残っている甘いプリンの味が、はっきりとあの時の部長とのキスを思い出させる。
今まで経験したことがなかった激しくて濃厚なキス。
部長に口の中に舌を入れられて絡められて……。

急にドクドクと心音が早くなり、頬が熱くなってきて、私は急いでカップを手に取ってコーヒーを口に流し込んだ。

「ここ、いい喫茶店だな。俺も通ってもいいか?」

「えっ?」

あやうくカップの中のコーヒーを零しそうになり、慌ててテーブルの上に置く。

「どうしたんだ? 顔が赤いけど……」

「い、いえ、別に……。い、今何か言われました?」

「ああ、俺もここ通ってもいいか? 白石のお気に入りの店だから申し訳ないんだけど」

「全然、全然大丈夫です。蔵田さんもコーヒー好きな部長が来られると色々お話できて楽しいんじゃないかな」

まだ心臓はドクドクと音を立てているけれど、必死で作り笑いを浮かべて平静を装う。

「ありがと。じゃあ気兼ねなく通わせてもらうよ」

ところで──と部長がテーブルに頬杖をつきながら、私に視線を向けた。
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