すべてが始まる夜に
「ちょっと酔っぱらっちゃったみたいで足に力が入らなくて。普段はあのくらいで酔うことなんてないんですけど、すきっ腹に飲んじゃったからかな。でも気をつけて下りますので大丈夫です」

両手を前に出して大丈夫とアピールしながらゆっくりと下りていると、「ほら、手を貸せ」と部長がその前に出した私の手を掴んだ。

「危なっかしいな。落ちるなよ……っていうかタクシーで帰るか? 家はどこだ?」

部長が真剣な顔をして私を見る。

「ほ、ほんとに大丈夫です。上野なんで電車の方が早いんです」

「えっ? 上野? 白石は上野に住んでるのか?」

「はい、そうですけど」

「偶然だな。俺も上野なんだ。じゃあ降りる駅も一緒ってことか。なら駅から家まで送って行ってやるよ」

「あ、いえ、えっと、あの、部長も上野に住んでらっしゃるんですか?」

びっくりして部長に手を繫がれたまま、お互いに見つめ合ってしまう。

「ああ、だから心配せず階段から落ちないようにゆっくり下りろ。どうせ乗る電車も降りる駅も一緒なんだから」

部長は文句も言うことなく私の歩くペースに合わせてくれて、私たちは一緒に銀座線に乗り、上野駅へと向かった。10分もしないうちに上野駅に到着し、部長に手を引かれたまま改札口へと向かう。

「部長、ありがとうございました。もうここで大丈夫です。マンションすぐそこなんでここから近いんです」

私は繋がれていた手を離し、マンションがある方向を指さしながら部長に頭を下げた。

「そうか、と言いたいところなんだが、俺のマンションも実はこっちなんだ。ついでだから近くまで送っていくよ。ここまで来てもし部下に何かあったらいけないだろ。最近は物騒だしな」

「あ、ありがとうございます。それにしても私たち、こんな近くに住んでたんですね。今まで一度も会ったことないですよね」

「そうだな。土日はこの辺のスーパーに酒買いに行ったりしてるし、通勤もここからしてるんだけどな」

「私もです。スーパーで買い物したり、そこのコンビニにもよく行くし」

「俺もそこのコンビニにはよく行く。平日はほぼ毎日行ってるんじゃないか」

意外な共通点を見つけて、思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
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