すべてが始まる夜に
「あれはきっと練り物だろ。おでんによく入ってるだろ? あの練り物だよ。揚げたてだと旨いからな」

「へぇー、練り物なんだ……。おでんの具以外で食べたことないな。揚げたてだとそんなに美味しいの?」

「茉里は食べたことないのか? じゃあ、買って食べてみるか?」

「食べてみたいけど、今お腹がいっぱいだし……」

そう言ってお腹をさすっていると、部長はお店の人に一番人気の練り物をひとつ注文していた。
注文してからその場で揚げてくれるようで、少し待っていると串にささった練り物が部長の手に渡された。

「茉里、口開けて。でも熱いから気をつけろよ」

部長が揚げたての練り物を私の口の前に差し出す。
戸惑いながら部長の顔を見つめると「熱いから火傷すんなよ」と、優しく微笑んでくれた。

恐る恐る口を開けて、揚げたての練り物をガシッと噛む。

「はっ、はふっ、あふぃっ……」

「だから、気をつけろっていっただろ」

優しい眼差しで見つめてくれる部長に言葉を返したいけれど、熱くて何も話すことができない。
両手で口元を押さえながら口の中の熱さを逃がして、はふはふしながら咀嚼する。

それにしても、揚げたての練り物がこんなに美味しいものだとは思わなかった。おでんの具の中では決して上位には入らない練り物だけど、揚げたての練り物は外はカリッとして、中は甘くてふっくらとして、野菜や海鮮などの具も入っていて、完全に別物だ。

「揚げたてだとこんなに美味しいんだ……」

「だよな。これ、旨いよな。正直俺もここまで旨いとは思ってなくてびっくりした……。はい茉里、もうひと口」

再び口の前に練り物を差し出され、部長の歯形がついた上からパクッと噛んで口の中に入れる。

こんなお店の前で食べさせてもらうのなんていつもの私なら恥ずかしいはずなのに、今日の私は本当にどうしたんだろう。こんな風に恋人同士のようなことをして食べるのが嬉しくてたまらない。

食べ終わってお店の前にあるゴミ箱に串を入れようとしたら、さっきまではほとんど人が並んでいなかったのに、そこには揚げたての練り物を買うための行列がどんどん長くなっていた。
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