すべてが始まる夜に
「すっごい行列……。さっきまですんなり買えてたのにね」

「ほんとだな。俺たち今日は運がいいな。さっきの定食屋にしても、ここにしても」

再びお店を見ながら商店街の中を歩き始める。

「あっ、手作りのお煎餅屋さんだって。炭で焼いてお醤油塗ってる。美味しそう……。うそっ、悠くん見て、悠くんの好きなプリンだよ。熱海プリンだって」

私が興奮したように部長の腕を引っ張ると、部長はクスクスと笑い出した。

「茉里は本当に食べ物屋を見ると興奮するよな。福岡で屋台を見たときも興奮して暖簾に書いてあるメニューを読み上げてたもんな」

「だっ、だって美味しそうなんだもん。それに悠くんの好きなプリンのお店だってあったし……」

「熱海プリン、確かに旨そうだな。買って食べてみたいけど、さすがにプリンは食べ歩きなんてできないし、俺たちこれから神社に行くしな」

「そうだね……。じゃあ、明日は? 明日帰る前に買ったら新幹線の中で食べれるよ」

「じゃあ明日はプリンを買ってから新幹線に乗るか?」

「うん。あと、さっきの練り物屋さんとお饅頭屋さんとお煎餅屋さんにも行きたい……」

部長は一瞬目を丸くしたあと、本当に楽しそうに噴き出した。

「お前、さっき言ってた店全部じゃないか。ほんとに……。じゃあ明日もう一度ここに来よう。ダイエットは旅行から帰ったあとからになるのかな? 確か同じようなことを福岡で聞いたはずなんだが、もう2ヶ月近く同じこと言ってるよな」

意地悪っぽく私を見て、またクスクスと笑い出す。

「もう、酷い……。ダイエットのこと忘れてた私も悪いけど……」

「茉里はダイエットなんかしなくても今のままでいいよ。触り心地が柔らかくて最高だから」

一瞬何のことを言われたのか分からず、部長の顔を見て意味を理解した瞬間、顔が恥ずかしいほどに熱くなる。こんな人通りの多い道中でそんなことを言わないでほしい。

「茉里、何を恥ずかしがってるんだよ。彼氏が彼女の身体を褒めてるんだぞ。触り心地が柔らかくて最高だって言ってるんだから恥ずかしがることないだろ?」

意地悪なのか、もっと恥ずかしがらせようとしているのか分からないけれど、このあと部長と一緒にお風呂に入るということをすっかり忘れていた私は、今の言葉でそのことを思い出してしまい、途端に緊張とドキドキで胸の鼓動がとても早くなり始めた。
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