すべてが始まる夜に
人を好きになることがこんなにも苦しいものだなんて知らなかった。

私は “恋愛がしてみたい” という想いだけが先にあって、セックスの経験さえあれば、自信をもって誰かと付き合えると思い込んでいた。そこには自分の感情も相手の感情もなんにも考えていなかった。

好きな人と両想いになれることなんて、奇跡に近いことなのに──。

恋をするってこういうことだったんだ……。

自分の感情が抑えきれないくらい胸の中でいっぱいになっている。きっと恋愛経験があれば対処する方法だってわかるはずなのに、ほとんど恋愛経験のない私にはどうしていいのかもわからない。

もう自分ではこの感情を抱えることができなくて、涙がぽろぽろと零れ落ち始めた。

「えっ? ま、茉里? どうしたんだ?」

部長が驚いた顔で私を見る。

「そっ、そんなに露天風呂に一緒に入るのが嫌なのか?」

違う、と言いたいのに言葉にすると声を出して泣いてしまいそうで、違うと伝わるように何度も首を横に振る。

「茉里、どうしたんだ? 何が悲しいんだ?」

部長は私の肩を抱くとソファーに連れて行き、私を座らせたあと、自分もその横に座った。
そのまま私を包み込むように優しく抱きしめる。
そして何も言わず、私の背中をずっと撫でてくれた。

どのくらい時間が経っただろうか。

「茉里、少しは落ち着いた?」

部長が腕を解き、私の頬を両手で挟んだ。
心配そうに見つめながら、流れた涙を親指で拭ってくれる。
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