すべてが始まる夜に
「茉里、ケーキ食べてもう一回、露天風呂に入ろっか?」

腕を解いた部長が、私の両肩に手を置いて嬉しそうに笑顔を向けた。

「えっ、また入るの?」

「ちょっと、またってなんだよ。茉里がごはんのあとにもう一度入りたいって言ったんだろ?」

拗ねたような表情をして、頬っぺたをぷにっとつままれる。

「悠くんは大きなお風呂には入りたくないの? 私は下のお風呂にも行ってみたい」

「下の風呂? そんなとこ行ったら茉里と一緒に入れないだろ? イブが終わるまでもう4時間もないんだ。俺は茉里と離れたくない」

真剣な顔をして、俺は茉里と離れたくない──なんて言われたら嬉しくて顔がニヤけてしまうけれど、せっかく温泉に来たというのに部長は大きなお風呂には入らないつもりなのだろうか?

「じゃあ、明日の朝は下のお風呂に行ってもいい?」

「明日の朝ならいいよ。でも今日は絶対にダメだ。恋人同士になった初めてのイブなんだから。茉里、早くしないとイブが終わってしまうぞ。ケーキ食べよ」

生クリームの小さな四角いケーキの上に、いちごで作られたサンタさんと、砂糖菓子で作られたこれまた小さなクリスマスツリーとトナカイが飾られている。

「悠くん、こんなに可愛いとなんだか食べるのもったいないね」

「そう言いつつも食べるだろ?」

部長が意地悪っぽくニヤリと笑う。

「うん。だって大好きだし美味しいもん」

「まあ人間は可愛くて好きなものを目の前にしたら、今の俺みたいに食べたくて食べたくて仕方なくなるからな。食べたら美味しいことは脳にインプットされてるし。俺もそろそろ限界に近づいてるから、先に露天風呂に入るぞ。茉里、それ食べたら早く来いよ」

ええっ──?と思っている間に、部長はさっさとパウダールームへと入っていってしまった。
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