すべてが始まる夜に
「あっ、あの淡いピンクのネクタイ! 私も見ました! 部長っていつも暗めのネクタイが多いのに、今日は珍しいなって思ったんです」

若菜ちゃんが葉子の話に同調するように、そうそうと頷いている。

「でしょ。やっぱり若菜ちゃんもそう思った? 私も気になったからちょっと声をかけてみたの。“そのネクタイ、松永部長によく似合ってますね” って。そしたら何て言ったと思う?」

「何て言ったんですか?」

目を輝かせて興味深々の顔をして葉子の話を聞いている若菜ちゃんを前にして、私も部長が何て言ったのか気になって仕方がない。

「“そう、彼女がクリスマスにプレゼントしてくれたネクタイなんだ” って言ったの。もうすっごく甘くて嬉しそうな顔してね」

「えっ? あの松永部長が?」

「そうなの。もうめちゃくちゃ妬けちゃうくらい彼女大好きー!っていうのがダダ漏れなんだもん」

「うっそー、あの松永部長ですよね? 信じられない……」

若菜ちゃんは両手を口元に当て、目を見開いている。

「だからね、“松永部長、彼女のことすごく好きなんですね、気持ちがダダ漏れですよ” って言ってやったの。そしたらね、“やっぱりわかる? やっと俺の彼女になってくれたから、もう可愛くて仕方なくてさ。” って惚気るのー! 松永部長には永遠の独身でいてほしかったのに、あれじゃあすぐに結婚しそうだわ」

葉子はまたしても大きな溜息を吐いたあと、「やっぱりカツ丼にすればよかった!」と、うどんを啜り始めた。

部長が葉子にそんなことを言っていたなんて……。
恥ずかしい気持ちとうれしい気持ちが入り交じり、箸を持ったまま、思わず俯いてしまう。
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