すべてが始まる夜に
「早くお家に帰りたいって、水島部長って奥さんのこと大好きなんだね。確かジムで知り合ったっていう奥さんだよね?」

「そうだよ。今、妊婦さんだからな。だから誘われないと予想はしてるんだけど……」

「えっ? 水島部長の奥さんって妊婦さんなの?」

そんなの初耳だ。全然知らなかった。
昨年電撃的に結婚したのにも驚いていたのに、もうすぐパパになるなんて……。

「ずっと独身だったのに、急に結婚したと思ったら、今度はパパなんだ……。なんだかとんとん拍子だね」

ふふっと笑いながら部長に視線を向けると、部長は不思議そうな顔をして私を見た。

「急に結婚? 水島さんが?」

「えっ、違うの? そう聞いたよ」

「それはちょっと違うな。水島さんは最初奥さんにプロポーズしても全くOKがもらえなかったらしいぞ」

「えー、あんなにイケメンなのに?」

驚いて声をあげたのと同時に、「イケメンってなんだよ。茉里は水島さんみたいな人がいいのかよ」と両方の頬っぺたをぷにっとつままれてしまった。

「わたしは悠くんがいい……」

口を尖らせてそう言うと、部長はうれしそうに微笑んで、まるで子供でもあやすように頭を撫でた。

「水島さんの奥さんってバツイチだったらしくってさ。なかなか結婚に踏み切れなかったんだって。水島さん、どうしても奥さんと結婚したかったみたいで、奥さんがOKしてくれるまで待ってたらしいぞ」

「へぇー、そんなことがあったんだ……。じゃあ、奥さんがOKしてくれてよかったね」

「ああ。なんかちょうど奥さんの後輩がホテルのロビーで結婚式を挙げたらしんだ。その幸せそうな姿を見て、もう一度結婚してもいいかなって思ったらしいよ」

結婚式なんて夢のまた夢で全然実感がわかないけれど、部長のタキシード姿って、きっとかっこいいんだろうな……。

本当に夢が叶うのなら、部長の隣で私もウエディングドレスを着て歩いてみたい。

「茉里、今度そのホテルに行ってみないか? 俺も聞いただけだからよくわからないけど、ロビーでの結婚式もなかなかいいらしいぞ。考えといて」

部長はそう言うと、いってきます──と言って、いつものように私にキスをしてエレベーターホールへと歩いていった。
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