すべてが始まる夜に
「今日は仕方ないだろ。社内営業の日だから」

吉村くんの言葉に、葉子が「だよね」と、部長たちの方を見つめながら頷いた。

「それにしても松永部長、今日もあのネクタイじゃない? どんだけ彼女が好きなの?」

「そうなんですよ。私もそれすごく思いました。最近いつもあのネクタイですよね」

さすがに葉子と若菜ちゃんも気づいているようだ。
毎日同じのばかりしてたらみんな気づくよね。
やっぱりもうひとつ新しいネクタイをプレゼントしようかな。
今度は、部長が大好きっていう気持ちを込めて……。

部長にはどんなネクタイが似合うだろう、と考えていると、急に葉子が何かを思い出したのか「あっ、そうだ!」と、パチンと両手を叩いた。

「そう言えば今日ね、松永部長にすごく綺麗な女性が尋ねてきてたの。背が高くて細くてモデルみたいな人。もうひとりスーツを着た男性も一緒だったんだけど」

「そんな女性が尋ねて来てたんですか? 仕事……ですか?」

「わからない。でもね、すっごく嬉しそうな顔して松永部長と話してたから、最初は彼女なのかなって思ったんだけど、でも部長は全く嬉しそうな顔してなかったんだよね」

誰なんだろう。
福岡で会ったあの彼女も、背が高くて細くてモデルのようなすごく綺麗な女性だった。
部長に酷いことを言ったあの彼女なんだろうか?

あの彼女だとすれば、なぜ会社まで来たのだろう?
もしかして部長に会いに?

幸せだった気持ちが一気に消え去り、私は一瞬で不安な気持ちに襲われてしまった。
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