すべてが始まる夜に
「部長、私がスーツケースを持っていきますね」

買い物袋を持っていない方の手を伸ばして部長からスーツケースを取る。拒否られるかと思ったけれど、身体が相当辛いのかすんなりと手を離してくれた。

10階に到着しエレベーターのドアが閉まらないように押さえながら、部長を先におろして後に続く。
歩くのも辛いのかいつもとは全く違い、歩調はゆっくりでふらついているように見える。
部長がポケットから取り出した鍵を、私が開けますので貸してもらえますか?と横から受け取り、ドアの鍵を開けた。

「部長、早くお部屋に入ってください。それとスーツケースはここに置いておきますね」

玄関に入って靴を脱ぎ始めた部長に、鍵を渡しながらそう声をかけると、悪いな……と辛そうに顔を顰めた。

「あの、先に薬飲んでから寝てくださいね。それともし調子が悪いとか何かいるものとかあれば、遠慮せず私に電話してくださいね」

「ああ……、ありがとう」

じゃあとにかく早く休んでくださいね、ともう一度伝え、失礼しますと言って静かに玄関のドアを閉めた。

ふぅ、と小さく息を吐き、買い物袋を反対の手に持ち替える。ぎゅっと握りしめていたせいか、今まで持っていた方の手は、買い物袋の重さで指に食い込んだ跡がついていた。

私はエレベーターの前まで移動して中に乗り込むと、3階のボタンを押した。
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